#07 『生』配信は夜



頭が痛い。頭痛悪心おしんをはじめ、身体に熱感がある。

うん? いや、発熱の症状ではないな。倦怠感けんたいかんは皆無だ。もっとこう柔らかくて、締められているような。主に首。え?



えぇぇ?



誰かの腕を振りほどいて上半身を起こすと、すぐ隣に横たわるヴェロニカ。

え? 



今、絡みついていたのって、まさか?



「うわぁぁぁぁ」



見回すと、テーブルの上に酒の缶やら瓶やら。ざっと数えるだけで、ビールが36本。缶チューハイが10本。仕上げになにやら日本酒の一升瓶が転がっている。



さすがにシナモンちゃんはくたばっているだろう。と探すけど見当たらない。まさか。もしかしてトイレとかで死んでいないよね? 

ヤダよ? 急性アル中で死んじゃって、俺が飲ませたのが原因だ、とか言われたら。



『衝撃!! 美少女Vtuberの妹分、シナモン・エンデューロ(20)が自称フリーターAに酒を飲まされすぎて死亡!! Aはクズ男だった!!』



なんて週刊誌に書かれて、俺は一生顔を上げて生きていけなくなるなんて。



「あ、起きました? 今、朝ごはん作りますね」



シナモンちゃんピンピンしてやがる!! 気分悪くて朝飯なんて食えないよ。それと、この状況……あれ、あれれ。あれれのれ?



座ったまま振り返ると、リオン姉さんが俺の腰に抱きついているじゃん。マジかよ。こんなことが許されるはずがない。もしかして、俺って死刑!?



「ちょ、ちょっと、リオン姉さん? 姉さん?」

「うるさい……頭に響く」

「あ、うん。ごめんなさい。じゃあ、俺の腰をしばらく貸しますから。抱き枕にしてもう少し寝——って違うッ! 

この家の人の距離感どうなっているのッ!?」


 

ソーシャァァァァルディスタァァァァンスッ!!



「うぅん。ああ、ハル君おはよぉ。ふぁぁぁんっ! うぅーっよく寝たぁ!」

「よく寝た、じゃないよ。昨日の夜大変だったんだから」

「あれ、あたし、うへぇ、お酒臭い。もうっ! ハル君飲みすぎ。ちょっとシナモン~~? 飲ませすぎちゃダメだって言ったじゃん」



お前もなー。



キッチンのカウンター越しに顔を出して、「ごめんなさい。つい、美味しくて」なんて悪びれることなく舌を出したくらいにして。シナモンちゃんカワイイぞ。やばいな。シナモンちゃん童顔なのに酒豪で、大好物はあたりめっていうギャップにヤラれそうだ。



「まあ、いいや。ハル君、今日暇?」

「いや。午後から引っ越し屋のヘルプが」

「休んじゃえ」

「そういうわけにもいかないって。金は稼がなきゃならないし」

「ふぅん。じゃあ、うちで採用決定!! 祝! ハル君、パーティー・ライオットのメンバーに正式けてーい!! パチパチパチッ」

「は? ちょっと頭沸いてない? 俺、そういうのしたことないぞ?」

「30だすよ? 月額で」



え……。30って。30円じゃないよね? 諭吉だよね?

諭吉先生だよねッ!?

そんな大金あったら、ばっちり投げ銭できるんじゃね?

あ。内緒だけどVtuber——主にP・ライオット——に投げ銭しまくっているんだな。お陰で俺の財布の中身はすっからかんだが。

だが、幸せだからそれでいい。



お、この立派なソファの一部も俺の投げ銭で出来ていると思えばッ!!

うっはッ!!

いかんいかん! つい取り乱しそうになった。



「……こほん。でも、俺なにもできないぞ?」

「それはダイジョブ。いっぱいやることあるからさ」

「雑用で30諭吉マンって破格じゃないか?」

「気にしない気にしない。歩合制だから収入多ければもっと増やすし」

「……マジ?」

「マジのマジのマジの助」

「や、やろうかな」



お、お金に目がくらんだわけではないからね。

居酒屋バイト辞めたくて、Vtuberの裏方するんじゃないからね。

投げ銭しすぎで金欠だからじゃないからねッ!?



「おっけーい! さっそく今日は買い物行くよ。バイト先教えて。代わりに辞める連絡入れるから」

「いやいや。それは自分で」

「そういうのも雇い主の仕事だからね♡」

「甘やかしすぎッ!! それに辞めないし——」

「いいからいいからッ! シナモンちゃーーーーん、今夜はパーティーしようねーーー!!」



うるせーんだよ、と言いたげな目でリオン姉さんに睨まれる。お構いなしに騒ぐヴェロニーに俺も頭が痛い。声が頭の中にガンガン響く。二日酔いだな。




ってことで、さっそくシナモンちゃんの手料理を目の前にしているわけだが。


シナモンちゃんいわく、この食パンは生食パンと言うらしく、高級パン屋の食パンらしい。


生食パンとは、牡蠣かきのように『生食』用のパンなのか。それとも生の『食パン』なのだろうか。

うぬぬ。食ったことがないから分からない。

高級食材を使った朝食を食わされて、せっかく内定したバイトの給料から逐一引かれるんじゃないかと思うと、おちおち安心して食えないな。地下の強制労働所とかあったりして。



「ハ〜〜ル君♪ 食べないの? ヴェロニーちゃんが食べさせてあげようか?」

「こら。ヴェロニカ。はしたないぞ」

「だってぇ。リオン姉、ハル君が食パン持ったまま固まっちゃったんだもん」

「いえ。おそらく、給料から法外な食事代を天引きされて、挙げ句、マイナスになった瞬間、地下の強制労働所に送られるのではないかと案じているんですよ。ハルさんは」



だから、いちいち俺の心の声を代弁すんなっつうの。シナモンちゃん鋭いんだから。



「い、いや。自分で食べるけど。このモチモチしたパンはおいくらなんだろう……」

「うーん。一斤いっきん1300円くらいですので、高級とは言いますがさほど……」

「せ、せせせ、せんさんびゃくえん!?」



高すぎ〜〜〜〜ッ! アホだ。食パンに千円以上出す感覚を疑うわッ!!



「そんなことよりも、早く食べて買い出しに行くんだからね。ほら、あーんして。あーん」

「は〜〜い。あ〜〜んって。自分で食えるわッ!」

「お前ら夫婦めおと漫才はいいから、はやく食べろ。時間がないぞ」

「って、買い出しとかどこに行くつもりなんだ?」

「まあまあ。それはその辺。買い出しに行って、その後帰ってきて生の配信があるの。だから急がないと」

「あ!! そうだ。今日はクリスマス前の生配信の日!! バイト終えたら、はやく帰って観る準備しなきゃじゃんッ!!」

「ハル殿。何を言っている。生配信だぞ」

「だから、リオン姉さん、大事なんです。帰らせていただきますって」

「……ハ〜〜ル君♡」



食べている途中でくっつくなよな。いや、すごく? かなり? 柔らかくて温かくて? 気持ちいいけど……生食パンにも劣らな——って、ダメだ。流されている。気の緩んだところでガッポリ金を取られるかもしれん。



「こら、ヴェロニカ、だからはしたない、と」

「ごめん〜〜〜リオン姉。でも、ハル君だよ?」

「ほら、ヴェロ姉、ハルさんに対して嘘をつけない性格なのは分かりますけど……」

「ああ、そうだった。こほんっ。ハル君? 生配信を画面越しじゃなくて目の前で見られるんだけど、見ないの?」



生配信は『生配を信じる』ことなのか、それとも、『生で配信する』ことなのか。生食パンと同じ問いかけに俺は今悩んでいる。

混乱の極みぃぃぃぃぃぃッ!!



生配信を生で観る? それってライブをVIP席で観るのと同じ感覚?

つまり、俺ってVIP?




「うっはッ♡ 俺はVIPだぜ!」

「ほら。ハルさん壊れちゃったじゃないですか。この人、免疫があんまりないっぽいので、ヴェロ姉さんは気をつけてくださいよ〜〜」

「いいのいいの。だ・か・ら。ハル君今日も泊まってって〜〜〜お・ね・が・い♡」

「ヴェロ姉、そういうとこですよ?」

「ヴェロニカ、そういうとこだぞ?」



……やっぱり、美人局つつもたせじゃねえかぁぁぁぁ!!




ヴェロニカに誘われているってことは、今日一日で油断させて、明日本格的に搾られるに違いない。ああ、俺の人生詰んだかも。



だとしても、夜が楽しみだな♡

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