第24話 自信喪失


「こ、これは……!?」


 俺は『追放勇者』を読んで、絶句する。

 なんとそこには衝撃の事実が書かれていた。


「俺が……主人公……じゃない……!?」


 まさか、こんな奇抜な小説があったなんて……。

 だって、普通勇者と言えば主人公だと思うだろう!?

 それなのに、勇者が悪役だなんて。

 そしてあろうことか、あのアランが主人公だというのだ。

 明らかにモブ顔の、特徴のないあいつがだ。

 しかも、今のアランの行いを見ていると、絶対に主人公だなんて思えない。

 主人公どころか、魔王一直線の行いじゃないか……。


「どういうことなんだ……」


 俺はなんども、小説のページをめくって確認してみる。

 すると、いくつか分岐点となる場面があることに気づいた。


「そうか、俺がアランを追放するときに、分岐したっていうことか……」


 本来であれば、俺がアランをダンジョン奥地に追放し、アランはそこでラフィアと出会うはずだった。

 しかし、それがまったくの逆になってしまったわけだ。

 そのせいで、アランは破滅の道に、俺は主人公のようなルートに……。


「おえええ…………!」


 俺は、路地裏の壁に激しく嘔吐した。

 一歩間違えていれば、俺は見るも無残な死に方をしていたところだった。

 ここに書かれているジャスティスの一生は、俺が知る限り最もひどい。

 まあ、それだけジャスティスの行いがひどかったせいもあるけれど……。

 そういえば、これは本の帯に「ざまぁ系」と書かれているな。


「こんな胸糞展開で、ざまぁとか思えねえよ……」


 あきらかに、この小説はやりすぎだと思った。

 まず、アランの行動がひどい。

 主人公であるにもかかわらず、原作のアランは独善的で、ものすごく偉そうだ。

 勘違いも激しいし、いろいろと共感できない部分が多い。


「この小説って……売れたのか……?」


 結構酷評されてそうなところが目に浮かぶ。

 まあ、本屋でも一冊だけ、目立たないところに置かれていたわけだし。


「まあ、アランのあの性格はもともとなのかな……」


 一歩間違えれば、原作のアランからして闇落ちしそうな感じはある。

 なんというか、まっすぐなのはいいんだが、思い込みが激しすぎる。

 そのおかげでうまくいっているシーンも多いのだが、まあ今回は裏目に出たというわけだ。


「やばいぞ……このままだと俺、死ぬんじゃないか……?」


 アランは牢屋を出たし、俺に復讐を考えているに違いないだろう。

 それに、アランの持つポテンシャルはすさまじいものだった。

 なんだかすごい血筋のようだし、覚醒を何段階にも残している。

 この小説は一巻の時点だというのに、アランは神にも迫る勢いで強くなっているし……。

 正直、まともにやって勝てるような相手ではない。

 今まで勝てていたのが奇跡に近いくらいだ。


「どうする……どうする俺……」


 俺は、この物語世界において、倒されるべき悪らしい。

 それは、カルマポイントとかいうもののせいもあるようだ。

 ジャスティスの今までの行いは、カルマを下げまくるようなものばかりだった。

 俺が転生してからの行いで、多少はカルマが回復してくれているといいが……。

 それでも、俺のカルマは十分に低いだろうことが予想される。

 カルマが低いものは、必ず破滅する。

 そういう風に、この世界はできていた。


「前世の世界もこのくらい単純ならなぁ……」


 報いをうけるべき悪党が、裁かれずにいるなんて、いくらでもある話だ。


「そうだ……アランのカルマは……」


 それを確認するすべはないが……。

 きっとアランのことだ、覚醒能力で、その辺はどうとでもなるだろう。

 覚醒後のアランは、この世の理を書き換えるくらい、どうってことのない存在だ。

 まるで物語世界全部が、彼のことを後押ししているような……。

 そう、世界から祝福されている存在なのだ。

 それが、主人公……。

 主人公補正によって、どんな逆境も跳ね返す。


「はは……今までは俺がそれだと思っていたのにな……」


 それは、すべて俺の思い込みでしかなかった。


「どうすればいいんだ……俺は……!」





 数日、俺は元気なく、絶望した表情で過ごしていた。

 なにごともやる気が起きない。

 どうせ俺は死ぬ運命にあるのだ……と。

 しかしそんな俺を、気にかけてくれる人たちがいた。

 原作のジャスティスには、いなかった存在だ。

 すべてアランに取られてしまっていたはずだけど……今は俺の側にいる。

 だって、これはもう、あの物語ではないから。

 俺は俺、あのジャスティスとは、別人だ。


「なに落ち込んでんのよ。ジャスティスらしくないわよ!」

「マチルダ……」


「そうです。あの極悪非道のアランを止められるのは、ジャスティス……あなたしかいません」

「ユリシィ……」


「ジャスティス……おなかすいた」

「ラフィア……」


「そうですぞご主人! あの人でなしのアランを、裁いてやりましょう! 私も怨念を燃やしています!」

「ゲイル……」


 俺には、たくさんの仲間がいる。

 だったら、俺は俺の物語を紡ぐだけだ。


 誰が主人公かは、俺が決める……!

 俺が、俺の人生の主人公だ……!


「よし……! アランを探すぞ。あのバカを止める」

「そのいきです!」「そのいきよ!」


 俺は、勢いよく『追放勇者』の本を破り捨てた。


「ふん……読む価値もねえ……!」


 俺はあの物語のジャスティスではないんだ。

 そして、アランもあのアランとは違うんだ。

 俺は俺らしく、今まで通りに主人公を続けさせてもらうぜ!





【神視点】



「ふうん……なかなかいい顔をしますねぇ……ジャスティス……」


 神は満足そうに頷いた。

 彼女はなによりも、戦乱と興奮を求めていた。

 それはまるで、ギャンブル依存症患者の顔のようだった。

 目が大きく開き、前のめりになっている。

 というのも、それだけ彼女が刺激に飢えていたからだった。

 長年の間、品行方正な天使として働いてきた、その反動だ。

 ひとたび権力を持ったことで、それが暴走してしまっていた。

 とにかく新しい展開が見たい。

 とにかく刺激的な物語を見たい。

 そういった度を越した欲望が、彼女を突き動かしていた。

 そこで、魔が差したのか、神はあることを思いついた。


「あ、そうだ……。『追放勇者』もう一冊落としちゃえ……!」


 アランは、追放勇者の小説を見たにも関わらず、日本語が読めずにスルーしてしまった。

 しかし、神としては、アランにも原作知識があったほうがおもしろいと考えた。

 そして、彼女は追放勇者をアランにもわかるように翻訳した。

 神にかかれば、そのようなことは一瞬だ。


「それ、ぽいーっと」


 そして、それをアランの目の前に落ちるように、雑に落とす。


「ふっふっっふ……これでアランに原作知識を与えて……どうなるかなぁ……! ああ、楽しい! 神様って、こんなに楽しい思いをしていたんですねぇ……! こんなことならもっと早くに、あの爺さんを落としておけばよかった……!」





 カルマ値一覧


 ・ジャスティス 1500

 ・アラン    -3600

 ・神      -75000【※神殺しによりカルマ大幅下降】


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