第9話 さすがは主人公


「それで……どうする?」


 マチルダが俺に訊ねる。

 結局ダンジョンに来たはいいが、謎の少女を拾っただけで、まだなにも成し遂げてはいない。

 俺たちに必要なのは、金と、アイテムだ。


「うーん、どうやらこのダンジョン、まだ奥があるみたいだぞ? だからまあ、行ってみるか」

「そうですね、とりあえず進みましょう」


 ユリシィがそれに同意する。

 謎の銀髪少女ラフィアは、何も言わずに俺の後ろにくっついてきた。

 なんだコイツ、子犬みたいで可愛いな。


「なあラフィア、このダンジョンはなんなんだ? なにか知ってたりするのか?」

「……わからない。私はただ、勇者を待っていただけ。ただ、この奥からはとてつもない大きな力を感じる」

「大きな力……か」


 俺はそれを聞いて、ある仮説を立てた。

 勇者の祠、その先になにかあるとすればそれは――。

 勇者の力を試すための試練的なものに違いない。

 だからきっと、この先には強敵がいて、それを倒せばなにかチート級のレアアイテムが手に入ったりするんだ。

 きっとそうに違いない。

 少なくとも、俺がよく読んでいた時代のラノベではそういう展開になるのがお決まりだった。

 異世界に転生した主人公は、そうやって早期にチートアイテムを手にする。


「よし! オラ、ワクワクしてきたぞ! この先にはお宝があるはずだ! 俺のお宝センサーがそう言っている!」

「ねえ本当なの? また適当なこと言って……」


 とマチルダに呆れられてしまう。


「大丈夫だって、俺は主人公なんだから!」

「主人公……?」

「あ、えーっと……勇者だ、勇者って言おうとしたんだ!」


 危ない危ない……。

 こいつらに主人公とか言っても意味わからんわな……。

 危うく痛い人になるところだった。


「うおおおおおおお!」

「あ、ちょっと……待ってくださいジャスティス!」


 俺たちはダンジョンのさらに奥へと足を踏み入れた。





 しばらくいくと、またボス部屋のようなものがあった。

 こうもおあつらえ向きに、ボス部屋が設置されていると、さすがに主人公補正を感じざるを得ないなぁ。

 なんというかこう、都合がよすぎるというか。

 まさに俺へボーナスアイテムを与えるために、誰かが配置しているかのようだ。

 まあ、それは俺が転生者だからそう感じるだけなのかも。

 だってここは、物語の中なんだもんな。

 小説の主人公に転生したら、そう感じてしまうのも無理はないか。


「よし、入ろう」


 俺はその扉を開ける。

 今度は、さっきのように恐る恐るではなく、勢いよく。

 どうせ、俺に都合のいいことしか起こらないんだろうし。


 だが、その中にはとんでもないモンスターが待ち受けていた。


「グモオオオオオオオオオオオオオ!!!!」


「うおおお……!?」


 ミノタウロスってやつなのかな……?

 牛の顔を持ったバケモノだ。

 毛むくじゃらの手には、大きな斧を持っている。


「みんな、ボスだ……! 構えろ……!」


 俺は戦闘態勢を命令する。

 魔法使いのマチルダは、杖を構え。

 聖女ユリシィは結界を張るために祈りのポーズをする。


 そして、勇者である俺は剣を――。


「って、あれ…………? 俺の剣は……?」


 そういえば、ここに来るまで、モンスターのほとんどをマチルダが瞬殺していたせいで、俺は完全に失念していた。

 俺、武器……なくね……?


「はぁ……? 知らないわよ……! さっきまでなにしていたのよ……!」

「いや……さっきまでお前が倒してただろ!?」


 それに、俺はまだ転生してきたばかりで戦いかたなんてわからない。

 だからなるべく大人しくしていたほうがボロが出ないと思っていたんだ。

 そこにきての、急な強敵の出現。

 俺は……どうすればいいんだ……!?


「っく……ジャスティスはとりあえず下がっていてください。私とマチルダでなんとかしてみます」

「おう、ユリシィたん、たのんだ……!」

「なんですかその呼び方……気持ち悪いですよ……?」


 とりあえず、ユリシィが結界魔法で防御をしつつ、マチルダが攻撃する。

 しかし、戦況は五分といった感じ。

 このミノタウロス、明らかにこれまでの魔物とは格が違う。


「くそ……それもこれも、あのアランとかいう荷物持ちのせいだ……! あいつにアイテムボックスごと、俺の武器も持ち逃げされたから……!」


 マチルダの魔法使いの杖なんかは、軽いから常に持ち歩いていても大丈夫なんだそうだ。

 それに、彼女はたまに魔力で杖を宙に浮かしたりして楽をしている。

 しかし、俺の「勇者の剣」だけは、毎回クエストが終わるたびにアランに預けていたそうだ。

 前の俺……アホなのか……?

 勇者にしては、なんだか間抜けな失敗だなぁ。


 いやしかし、仕方のないことだ。

 俺がジャスティスに転生するまえに、元のジャスティスが勝手にやったことなのだから、悔やんでも仕方がない。

 それよりも今できることを考えよう……。

 えーっと……。


「っは…………!」


 俺はそこで、あることに気がついた。

 主人公であるはずのジャスティスが、鹿じゃないか……!

 勇者だというのに、勇者の剣を荷物持ちに預けて、紛失するなんて……。

 そんなの、主人公にあるまじき行為だ。


 だからこれは、なのだ。

 主人公は完璧すぎてもお話にならないからな、物語では、適度にピンチが訪れるようになっている。

 ピンチが訪れても、それを跳ね返すのが主人公ってものだろ……!

 なにかできることはないだろうか……。

 きっとここから、主人公である俺が大活躍するはずなんだ。

 剣を奪われたのは、きっとその前振りに違いない……!


「ねえ、勇者……」

「あん……?」


 俺の袖を、ラフィアがひっぱってくる。

 なんだろうか……可愛いな、もう。さすがは正規ヒロインだ。


「剣なら……ある」

「は……? どこに……?」


 ラフィアの華奢な身体のどこにも、そんな物騒なものが隠れているとは思えないんだが……?


「ん…………」


 ラフィアはそうやって、自らの真っ白な顔を指さした。


「は……? お前……?」

「そう……ラフィア、剣になる」

「マジか……」


 確かに、ラノベではよくある展開だ。

 女の子が剣になったり、剣が女の子になったり。

 なるほど、そういうことか。

 この子こそが、真の勇者の剣だということだな……?


「待ってて……」

「お、おう……」


 すると、ラフィアはおもむろに服を脱ぎだした。

 目の前でマチルダとユリシィが戦っているというのに、なんだろう……。

 あ、剣になる前に脱がないといけないのか……!

 服が破れちゃうといけないしな……なんか妙にそこだけリアルだな。

 まあ、俺は目を瞑っておくとしよう。

 どうせ俺は主人公である。

 ここでスケベ心を出して、こっそり見なくても、そのうちいくらでもヒロインの裸くらい見る機会があろう。


「って……ちょっと何してんのよジャスティス! 私たちが必死で戦ってるのに!」

「そうですよジャスティス! 私というものがありながら……馬鹿なんですか? 死にますか?」


 と、マチルダとユリシィから怒りのツッコミが入る。

 だがちょっと待ってもらいたい。

 ヒーローは遅れて駆けつけるのだから。


「ちょっと待ってろ。これには事情があるんだ……!」

「ったく……どんな事情よ……っく……」


 なおもマチルダとユリシィは、ミノタウロスとの過酷な戦闘を繰り広げている。

 さて、そろそろいいかな……?

 俺が目を開けると、そこには見事な白銀の剣があった。

 これが……ラフィアなのか……?


【勇者――私を、使って……!】


 そう、俺の脳内に直接語り掛けてくる。


「おう……! わかった!」


 俺はそれを手にして、戦闘に割って入った。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 ――ズシャアアア!!!!


 俺の剣――ラフィアが、ミノタウロスの右脚を斬り裂く!

 そして血がドバっと噴き出る。

 ミノタウロスからすれば、さっきまで非戦闘員だった俺はノーマーク。

 いきなりの伏兵に、なす術もなく悲鳴をあげる。


「ングモオオオオオオオオオ!!!!」


「よし……!」


 さっそく、俺の初めての一撃が炸裂したぜ!

 やっぱり、こうも都合よくいくとは、さすがは主人公だな。


「ジャスティス! 遅かったじゃない!」

「ああ、待たせたなマチルダ」


「って……その剣は!?」

「これは……ラフィアだ」


「うそ……!? さっきの女の子!?」

「いくぞ……! まだ終わりじゃない!」


 俺たちは力を合わせて、ミノタウロスに対処する。

 ユリシィが結界魔法でガードしてくれて、

 マチルダが後ろから攻撃魔法とバフでサポート。


 そして俺が、無敵の主人公補正で、ミノタウロスに特攻――!


「うおおおおおおおおおお!!!!」


 真の勇者の力に目ざめたせいか、なぜか身体が軽い!

 それに、手に持っている剣――ラフィアが、身体をどう動かせばいいか、教えてくれている気がした。


 ――ズシャアアア!!!!


「グモオオオオオオオオオオオオ!!!!」


 俺はミノタウロスを頭から一刀両断!!!!


 これにて戦闘終了となった。


「ふぅ……一時はどうなるかと思ったわよ……」

「まあ、勇者である俺がいるんだから大丈夫だ。安心しろ」

「そのアンタが剣を盗られたから困ってんでしょうが……」


 マチルダがそんなことを言うが、それは俺が転生する前に起こった話だ。

 俺は必至に、アランに荷物を返してくれと言ったんだが。

 まあ、結果としては刺されただけで散々だったけど……。


「まあ、まあいいじゃないですか。ラフィアが剣となり、私たちは助かったのですから」

「だな、ユリシィ」


 それじゃあ、もう戻っていいぞ。

 と、剣に合図を送る。

 どうやらこの剣の状態のラフィアとは、思っただけで意思の疎通が可能なようだ。


「ん……」


 そう言って、ラフィアは剣から人間の姿に戻る。

 って……おい、俺がまだ手に持っている状態で戻るな……!?


 ――ドシーン!


 俺の上に、裸の美少女が舞い降りた。

 そして、俺の手は、彼女のあられもない部分を握っていた。

 剣でいうと、人体のそこなのか……?

 うーん、わからん。

 だが、このラッキースケベっぷり、やはり俺が主人公で間違いないな。


「ってコラぁ! ラフィアあんた! ジャスティスから降りなさい! 新参者のくせに抜け駆けはゆるさないわよ!」

「そうですよ! ジャスティスは私のものにすると決めているのです! 泥棒は許しません!」


 などと、勝手にヒロインレースが始まってしまった。

 ははは……主人公ってのは実際自分がなってみると、つらいぜ……。


 そして俺たちは、その先にある宝箱を見つけて、帰還する。

 クエスト報酬も相まって、かなりの儲けになった。

 新しく剣も手に入ったし――まあ、少女だが――アランに盗られたぶんはこれでなんとかなるかな。

 さすがは主人公補正。

 なにかピンチがあっても、すぐになんとかなるのがいいところだな。

 俺はこれからも、この異世界を全力で楽しもうと思う!

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