勇者はいるのだ。
赤青黄
勇者は確実にいた。
この世は弱肉強食、これは子供でもわかることだ。私は汚れた服が入っている麻で出来た籠を持って隣の村に向かう。鼻歌を歌いながら空を眺めると空は牛乳が少し濁った色をしていた。
周りは森林によって囲まれている木陰が太陽の光を細くする。そして正面には長く細い地平線が通っていた。
風は私の錆びた心を癒やすように優しく私の体を撫でる、しかしその何気ない幸せは地平線の先にある鋼の輝きによって唐突に終わりを告げた。私は恐怖によって心臓が少しだけ膨張し全身の血液が氾濫した川のように暴れる。ガシャガシャと風の音に混ざり金属の擦り減る音と共に恐怖の存在がこちらに向かってきた。
幅が狭い地平線から銀色に光る甲冑をまとった、兵士たちが少しずつ姿を表す。少しだけの血の匂いを漂わせた兵士たちに私は顔を伏せる。
少しずつ、少しずつ兵士達と距離が縮まっていく、木陰によって涼んでいた体は徐々に熱を帯びてきて、ドキドキと心臓が体中に血液を送る。
固まった体を少しずつ動かしながら私は神に祈り、自分を落ち着かせる。体の線は見えない服を着てきているし顔をも覆い隠す大きな帽子も被っている一目じゃ女だとはわからないと自分に説明して落ち着かせる
しかし甲冑を身に纏った獣たちからの嗅覚からは逃れなかったらしい。
私の姿を見て最初は興味を示さなかったが、しかし隣を通り過ぎると「おい、まてそこの女」と私に話しかけてきた。
先程まで優しかった風は唐突に裏切り突風を巻き起こした。そして無残にも私の帽子を彼方へと飛ばす。
ひらりとこの場には似つかわしくない小麦色の髪が布のように滑らかに落ちる。
汗と涙が溜まりゆく顔を獣達に向けると甲冑の隙間の中で卑しく笑い声と撫で回すような視線を私に向けられていた。
ジリジリと私に距離を詰めてくる、逃げたところで追いつかれてしまうし、抵抗したら殺されてしまうかもしれない。
私は髪の毛を掴まれ無理やり草むらに連れ込まれていく、屈辱の感じながら獣たちに体を委ねた。
この世は弱肉強食だ、これは子供でもわかることだ。
体に槍が突き刺さる、泣いても彼らはやめてくれない。私の体を今穢されているのだ。その事実のよって世の中に絶望する。獣達は邪な言葉を私に投げかける、その言葉はどれも自分の欲望を満たすための言葉、私はただすすり泣くことしかできないのだ。
誰かが近づく音がするが、しかし誰も近づかないそんな物好きは居ないからだ。
それに助けてくれてもどうせ私の体が目当てなはずだ。助けられなくても助けられても絶望知るだけだ。
影の中に一輪の花を見つける。その花は母親の部屋によく飾られていた花に似ていた。そして母親の声とともに私の好きな物語が頭の中に響く
世界が混沌に包まれたとき勇者が現れて世界を救う、どんなに傷つこうがどんなに罵倒されようが私達の為に戦ってくれる。
私は優しい声とともに勇者と言う強い存在を思い浮かべる。彼らは弱い存在を命をかけて守り抜く体中が血で濡れても助けた人間から罵倒されようとも彼らは弱い存在を守る。
しかしそんな希望はこの世に存在しない、もしも存在するなら私は憎んでしまうかもしれない、恐怖するかもしれない。
この世は物語では無いのだから、私は痛みを感じながら嵐が過ぎ去るのを漠然とまった。
「な、何者だ!」
突如として痛みが減り、金属が擦れる音と異様な空気感を感じ取る、今まで強者の位置に居た兵士達が恐怖の声色を出していた。
私は絶望した世界をまた見るためにまぶたを開ける
木漏れ日が金属を反射して私のいる薄暗い草むらを点々と照らす。
…異常だった…初めて兵士達は鈍く光る剣を構える姿を見た。しかしそれ以上に兵士達が対面している存在に私は目を奪われる、獣のような鋭い爪の篭手と錆びた金属によって作られた鎧を着ていた。ジャラジャラと腕と足に紡がれていた鎖が威嚇するように擦れ合う、そしてゆっくりと近づき兵士たちの目の前にぬらりと立つ。
錆びた鉄と甲冑から見える鋭い眼光が兵士たちを震え上がらせる。兵士たちは生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えていた。なんせ自分たちよりも身長が二倍も高く、まるで小さな巨人のような男の威圧感は想像に難くない。
そして獣のような唸り声とともに右手を天高く上げる。まるで神に楯突くような鋭い爪を掲げる。呆気に取られている兵士を横目に風を傷つけるかのように目の前にいる兵士にむけて振り下ろす
音は切り裂かれ戦場では頼りになるはずの鋼の鎧は簡単に皮膚を晒す。
「う、うわああああああ」
兵士たちは泣き叫びながら私を置いて森の中に逃げ去っていく、先程の強者の立ち位置だった人間が一気に弱者へと引きずり降ろされたのだ。
そしてしばらくたったあとに草むらには私と鎖の大男だけになった。
「大丈夫か…」
ジャラジャラと鎖をならし大男は私に手を差し伸べる。異様な雰囲気を持つ大男は私に優しく手を差し伸べたのだ、私は信じられない存在に目を伏せる
「……して」
まるで物語に登場する勇者のように私に救いの手を差し伸べた。
「どうして…」
私はわなわなと震えながら近くに転がっている小石を大男に向って投げる。小石はなせけなく大男には当たらなかった。まるで何をやっても上手く行かない私のように…瞳に涙を含み穢された口を開く
「どうして今頃になって助けに来るのよ」
私はビリビリに破かれた服を抱えて草むらから飛び出す。
中身が無惨にも荒されている籠を急いで拾いながら自分が住む村に帰る。
木々の葉はざわざわと私の心の中を嘲るように揺れ合う
自己嫌悪や怒りそして悲しみを抱えながら走り去る、大男は何を思ったのか傷ついたのだろうか、嫌悪したのだろうか、そうしてくれたら私の心は少しだけ晴れるだろう。
ボロボロの服を持ち上げながら私の住む村に着く
寂れた村だ村人たちは汗水垂らしながら働らいている。整えられていない地面は水分を含み地盤が緩んでいる。こんなにも苦労して働いても誰も裕福にはなっていない弱者の村
そんな村に私は帰ってきた。ボロボロな服と土まみれな籠そんな襲われたことが明白な格好を見て哀れみと諦めの視線が向けられる
しかし誰も心配するような声を挙げない。襲われることがしょうがないと割り切らえているんだ。
もしも私が村の人たちだったら彼らと同じく哀れみと諦めの視線を送り無視するだろう。しかしそれでも私は心配してほしかった。
私はボロボロになりながらもぬかるんだ道を進んでいく、そして疲れ果てて着いた先は、今にも突風によって飛ばされそうな弱々しい家だった。土で出来た壁はポロポロと崩れていて、屋根は不格好に継ぎ接ぎがされている。そんな不格好な家に私は着いたのだ。
立て付けが悪い木の扉を慎重に開けるとホコリりと泣き声が共に外に流れ出す。
私は今まで以上に嫌な気持ちになりながら家の中に入る。
家の中には憎たらしい私の赤ん坊と病気によって骨と皮だけになっている母親がいた。
泣き叫ぶ赤ん坊をつねるて泣き叫ぶのをやめようとさせるが余計に泣き叫ぶ、母親はブツブツとうわ言を呟く
泣きそうになる、気持ちが暗くなる私は冷たい地面に腰を下ろす。泣き叫ぶ赤子にうわ言を言う母親、どうして私はこんな苦労をしなければならないの、ポタポタと地面に黒いシミが出来上がる泣き叫ぶ赤子を見つめながら
「泣きたいのはこっちだよ」
と私は立ち上がり台所から包丁を取り出す。
どうしてこんなにも不幸になったのだろうか、どうして私がこんなにも頑張らなければならないのか、それば全部コイツラが悪いコイツラさえいなくなれば
ひたひたと覚悟を決めながら包丁を天高く持ち上げるそして、泣き叫ぶ赤子の顔面をあの男の顔に重ねながら私は……わたしは……
トントントン
珍しく誰かが私の家に来てきたらしい。誰かが心配してやってきたかもしれない。私は胸をなでおろしながら包丁を地面に投げ捨てる。
そして立て付けの悪い扉を開けようとするが、そんなことは叶わずに今の私の服装のようにぼろぼろと崩れ去った。
嫌な気持ちになりながら私は扉の先を見つめる。太陽は覆いかぶされ、錆びた匂いが鼻に着く、この匂いと感覚は体験したことがある。先ほど私が襲われたときに助けられた男の匂いに似ていた。いいや、その人自身だった。
私は恐怖によって凍り付いた体を無理やり動かし見上げる。男はただ私を見つめていた。そんな行動に私はいろいろな最悪な事態を頭に浮かべる。私を殺しに来たのだろうか、それとも犯しに来たのだろうか、恐怖で体の震えが止まらなかった。
私は後悔している。なぜあの時、私は嘘でも感謝の言葉を述べなかったのだろうかなぜあの時、悪態をついてしまったのだろうか考えれば考えるほど自分の不甲斐なさを呪う。
そんな私を見た大男は懐からあるものを取り出す。体が一瞬硬直するが、取り出したもの見ると、私は少しおかしくなり笑った。大男が持ってきたのは風によって飛ばされた、私の麦わら帽子だったのだ。大男は私に言われもない罵倒を受けているはずなのに何故か私の物を持ってきた。そして大男は何事もなかったかのように不格好な家から離れようとした。しかし私はそんなことを許さなかった。
「まって」
なぜ呼び止めたのか分からない。私の嫌いな偽善者を止めたのか分からない。しかしお礼がしたかった。こんな世の中にひと時の希望を見せてくれた大男にお礼をしたかったのだ。
だけれども、もしこの時に大男を呼び止めなかったらあんな思いをしなくてもよかったのに...。
暗い気持ちと共に私はかつて会った。一人の勇者の話を始めた。
勇者はいるのだ。 赤青黄 @kakikuke098
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