狐娘とたくさんの人外たち、それとたまに人間

待夜 闇狐

Prologue "そういえば、20年くらい前……"

第0-1話 むかしむかし

 今、私は壁が透明なエレベーターで地下へ地下へ降りているところだ。この決戦の前にみんなが伝えてくれた言葉が思い出される。


「俺も地上で戦ってっからよ、お前は絶対生きて帰ってこいよ!」


「この任務には日本の命運が掛かっているかもしれないんだ。君は絶対にやってくれると信じているよ」


「やれば出来るはずだ、やらなきゃ何とする!とにかく、私は全力で支援するからな!」


 ふと足元を見ると、そこには様々な魔物や妖怪が転がっている。狼男だの河童だの垢舐めだの、大体6人くらいだ。まぁこいつらは私がこのエレベーターに乗り込む時に先に乗っていたので叩きのめしたやつなのだが。見た感じ気絶しているだけで命に別状はないだろう。また、この妖怪たちがエレベーターで上ってきたことと彼らの服装を見ると、元はここの守衛や警備や研究員だったのだろう。早く元に戻してあげないといけないね。

 ガラス張りになっているエレベーターの壁から外を見ると、そこは吹き抜けになっており、下には何かがうごめいている。腰を落として双眼鏡を懐から出しよく見てみると、それらはなにかしらの妖怪や魔物たちであり、暴れてコンピューターをなぎ倒したり机を倒したり、はたまた同士討ちをしたりしている。


 そしてその奥にはマーク(廿という漢字の下の棒を取り去ったようなマークだ)の付いた大きな機械が鎮座している。これが今回の任務での私のターゲットだ。どうやら人を妖怪とか魔物とかにする機能があるらしく、地上ではこの機械の影響を受けた人でごった返してまるでゾンビアポカリプスのような状態だった。(どうやらこの機械からの距離で効き目が変わるらしく、近くにいた研究員らは即座に変化してしまったが、少し距離があるとまずは肌が割れて理性を失うにとどまるらしい。当然そのまま放置してしまうと変化してしまうのだが)


 とにかく、地上のことは地上班に任せて、私は機械を破壊することに専念しよう。後もうしばらくしてしまうとここにいる人達ももとに戻らなくなってしまうらしいし。


 もうすぐで私の乗っているエレベーターが目標階層に着く。私は来る戦いに深呼吸をして備え、左手の中に【狐刀「桜」】を形作る。その刀を左の肋骨の下辺りに構え、右手を柄に添える。その刀は元は儀礼用だったようだが、度重なる打ち直しを経て戦闘用と変わらない性能になった、私のあの時からの相棒だ。(とは言っても1ヶ月ちょっとしか使っていないのだが)


 エレベーターが「チーン」という音を鳴らして止まる。私の目論見通り妖怪たちは私の匂いを察知してエレベーターの扉周りに集まってきている。しめしめと言わんばかりに私は微笑み、決闘をするガンマンのように右手をワシワシさせて刀の柄に当てる。


 エレベーターの扉が開き、私の耳が外の風を捉えたその瞬間、私は神速の居合を放つ!

風切一閃かぜきりいっせん!」

 それにより私の前にいた妖怪たちは揃って吹き飛び、エレベーターの前にはある程度のスペースが出来る。この瞬間はかなりの快感であるのだが、それに浸っている暇はない。私は急いで奥にある機械に向かう。


 私は奥の機械に向かって走り出すが、奥にいて気絶しなかった妖怪たちが次々と襲ってくる。一体何人の研究員などを集めたのだろうか、考えるとめまいさえしてきそうになる。

 とにかく私は襲ってくる敵を斬り伏せながら進み続ける。左から棍棒を持って飛びかかってきたゴブリンに対しては鞘で棍棒を弾いた後に全力の突きをかまし、後ろから私の喉を噛みちぎろうとしてきた狼男には頭を下げて噛みつきをスカしそのまま刀を右足にはめてサマーソルトキックをぶちかました。その狼男の口からは「キャウーン」と情けない声が響く。あっ前の敵の顎も斬り付けられた、ラッキー。


 そうして敵をバッタバッタと斬り付けていき、起き上がっている敵は残り3割程になった。そして私と機械との距離も近くなってきて、刀を投げれば届きそうになる。かといって刀を投げたところでほとんど傷も与えられないだろう。

「もうちょい前に出ないといけなさそうね……」

 ついこんな言葉がこぼれ落ちてしまう。


 そのまま戦っていると、突然私の周りが少しづつ暗くなっていく。あれっと思い周囲の敵を回転斬りで吹き飛ばしてから上を向くと、頭上からなにか大きいものが降りてきている。これは押しつぶされそうだと思い大きくバックステップしようとすると、その大きなものが降りてきた風圧で私は後ろに大きく吹き飛ばされてしまった。

「くっ、そう、でも押しつぶされなかっただけ良かったわ」


 周りを見ると、周囲の敵たちは吹き飛ばされて体勢を崩していた。大きな妖力を感じて前を見ると、俗に「狩りゲー」と呼ばれるゲームに出てきそうな大きなドラゴンが目の前にいる。体長は大体エレベーターから機械までの距離の1/4くらいで、口からは炎が漏れ出ている。そしてその体から機械に向かって光の線が伸びており、機械の表面にはさっきまで無かった(いや、薄くてさっきまで見えていなかっただけなののだろうか)六角形で埋め尽くされた形のバリアが張られている。とすると、このドラゴンを倒さなければ機械には傷一つ付けられないということね。つまり、このドラゴンがラスボスということであろうか。


 そんな事を考えていると、ドラゴンが私に向かって突進を仕掛けてきた。私はそれをスライディングして股の間を抜けて避けようとする。ついでに右足に刀をはめてドラゴンの足をキックで斬りつけようとするが、硬い鱗に弾かれてしまう。私はその反動で横に回転してしまい、このままだとドラゴンの左足に頭を蹴られてしまいそうだ。そこで私はとっさに体を縮こませて股の間を抜けた。その後向き直って突進していったドラゴンの方を見ると、倒れた妖怪や怪物たちを勢いよく弾き飛ばしてエレベーターの扉に突っ込んでいった。

「まったく、何て馬鹿力なのよ。巻き込まれていたらただでは済まなかったわね。とにかく、早いうちにあのドラゴンを倒しちゃいましょう。時間が経ってしまうと後始末が大変になってしまうし」


 扉に突っ込んだドラゴンは少しの間めまいを起こしていたが、首を振るとすぐにこちらに向き直った。そして首を上に向けて大きな雄叫びを上げると、口の中に炎を溜め込み始めた。なるほど、炎のブレスで私を焼こうって魂胆ね。だけど、私はあなたを早く倒さなくちゃいけないんだから。

 私は右足にはめていた刀を右手に持ち替えると、そのまま両手で正面に構える。そして目を閉じ周囲の妖力を感じ取る。今はドラゴンの口のあたりに妖力が溜まっているようだ。


 口のあたりに溜まった妖力が徐々に高まり、それと同時にそれが私と同じ高さに下がっていく。そしてついに炎が放たれようとする。

「グ、グウォアー!」

 ドラゴンがそう叫ぶと同時に妖力の波がこちらに向けて放たれる。その波を引き付けて引き付けて……ここだ!


「桜技・剣呑の術!」

 炎の波がこちらに到達する直前に私は刀を様々な方向に振り、ドラゴンの口から放たれる炎を刀で絡め取る。炎は私に到達する直前で刀に吸収されていくため、私の体を焼くことはない。この技はこの刀が元は儀礼用のもので、含ませることの出来る妖力が度を超えて多いから出来た荒業だ。


 しばらくすると、ドラゴンの口に含まれていた妖力が切れたからか炎の波が薄くなっていった。対して私の刀は、先程は暗い紺色に光っていたのが炎を吸収して赤めのオレンジ色に光っている。そして含まれた炎の妖力によって触ったら火傷しそうなほどに熱くなっている。ここまでの炎の妖力を含んでいればドラゴンの鱗も貫けるはず!そう思うと私は、刀をゆっくりと鞘に収めた。


 ――その後は一瞬だった。

 私はドラゴンの方に一瞬で走り込み、近づくとジャンプして竜巻のようにきりもみ回転しながら胴を斬りつける。そして空中で再び刀を鞘に収め叫んだ。

「奥義十字二連・炎天!」

 赤熱した刀は容易にドラゴンの鋼鉄のように硬い鱗を十文字に切り裂き、その下にある肉をも切り裂く。

「グオオォォォン……」

 ドラゴンは断末魔のような大声を上げると、そのまま倒れていった。


 刀はその反動でボロボロになってしまったが、ここで帰る訳にはいかない。私は地面に降り立つと、そのまま奥の機械に向かって走り出した。都合のいいことに他の敵は私とドラゴンによる戦いの余波で全員倒れてしまったようだ。これは好機だ。


 私は機械の前に立つと納刀した刀の柄にゆっくりと手を添え、腰を落とす。大股開きになってしまったが見る人もいないだろう。そして目の前の一点に集中すると刀を抜いた。

「奥義・風断かぜだち!」

 ・

 ・

 ・

「やったぞぉ~、私は日本を救ったんだぁ~。ムニャムニャ」

「私の授業で、しかも2年になって初めての授業で居眠りするとはいい度胸ネ。お仕置きしてやるワァ!」


 ガツーン!

「いったぁー!あっ、おはようございます」

 突然私の頭に走った痛みに飛び起きると、私の目の前には英語の先生がいた。そうだ、今日は新学期で授業初日の1時間目だった。昨日訳あって夜更かししちゃったから寝ちゃったんだなぁ。

 眼の前にいるおばあちゃん先生はこの学校では古株らしい英語の先生で、さっき私の頭にぶつけてきた分厚い英和和英辞書と英語の教科書を持って私を見下ろしている。


「さて、待夜たいやさんにはこれを和訳してもらいましょうかネェ。教科書10ページの5行目、『What is this horse-looking toy?』から10行目まで続く会話文ネ。これまでまともに英語を学んでいたのなら出来るでショウ」

「は、はい。えっと、『この馬のような形をしたおもちゃは何?』……」

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 私の名前は待夜たいや夕華ゆうか。この私立坂田高校の2年7組の生徒だ。

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