第13話 地球で



 市木清田は長いようで短い一人旅から帰って来た。旅の帰り道でも、家に帰ってからも、会社に復帰してからも、飼っていた兎のムーが導いてくれた異次元の一人の少年の短い一生を時々思い出す。なぜ死んでしまったのか? 成功を収めながらも成功に出会うことなく。それが人の一生というものなのか?


 判然としないままの生活は続いていた。


 生きる事を諦めてはいけない。それは分かった。然し、異世界で起こった、ムーが見せてくれた一人の少年の成功と死。それは、どうしても納得がいかなかった。生きる事だけは諦めてはいけない。分かったつもりになっていただけなのか? 判然としない生活はより深く心に沈んで行く。


 今夜も残業を終えて夜遅くに家に帰る。玄関を開けて中へ入ると、いつものように灯りは消えていて、部屋の灯りのスイッチを押す。灯りの下で現れたものは、テーブルの上に置かれた一人分の食事。美咲はもう眠っているのだろう。子供の事で疲れ切っているのだろう。子供達は夜遊びに行っているのだろう。いや、アルバイト?塾?だったかな? すっかり妻に任せっきりになっている。男は外貨を稼いで来ればいい。そう思い出したのはいつからだろう? ふと気付けばこの家で一人きりになっていた。


 清田は温くなっている風呂を沸かし直して、湯船に身体を沈めると目を瞑る。身体を洗い、もう一度、湯船に沈んで、風呂から上がると、冷蔵庫を開けて缶ビールの栓を開ける。ビールの炭酸とアルコールが胃を刺激し、全身が痺れるような感覚がする。用意してあった夕食を電子レンジで温めてゆっくりと味わう。美咲の作った料理は、相変わらず美味しい。然し、愛情を感じられなくなったのは、いつからだろう?


 食事を終えると、食器を洗い、自室へ戻る。小さなレターデスクの椅子をひき、PCの前に座ると、メールを開く。仕事から帰ったというのに、新しいメッセージが会社から 2、3件。明日の朝まではとメッセージを開く気にもならず、両手を頭の後ろで組む。


 その時、微かに煙草の香りがした。どうしてだろう? そう思いながら背後を振り返ると、


「マルセリーノさん!」


「冴えん顔やな、ドアホは、やっぱりドアホのままか。どうしようもない奴やな」

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