11
「でも――」すぐに、苦々し気な顔になって、芽衣は言う。「それは身内だから……」
「身内でも、好きになれない人っているだろう? でも君はそうじゃないんだよ」ジンはそう言って、一歩、芽衣に近づいた。「君は――」
「来ないで!」
芽衣が大きな声を出し、その途端、風が巻き起こった。ジンは、周りの景色が変化しつつあることに気づいた。教室に差し込む光が今までと違うものになっている。夕暮れの暖かな光ではない。
窓の外に目をやると、空が奇妙な色になっていた。濃い鮮やかなオレンジ色だ。オレンジ色が、重く、この夢の世界にのしかかっている。二人をつぶさんとするばかりに。
芽衣がジンをにらみつけた。
「来ないでよ。出て行って、今すぐに。私の世界から出て行きなさい」
風はやんだが、今度は教室の机やいすたちがカタカタと動き出した。それはまだ細かな小さな動きだった。けれども次第に大きなものになっていく。
そのうちふわりと宙に浮きそうだ。
芽衣は後ずさりし、ジンから離れていく。奇妙なオレンジの光の中を、ジンはもがくように芽衣に近づいていく。ふたたび風が吹いた。強い風だ。ジンの髪を巻き上げ、芽衣の服を乱す。
ついに机たちが浮き上がり始めた。それはぶつかり合いながら、空中で無秩序に動いている。危険だ、とジンは思った。早くここから出なくては。この夢の中から。芽衣とともに、現実の世界へ――。
何かがジンの頬にぶつかった。それは目に見えないもので、鈍い痛みがジンの頬に広がった。ジンは芽衣を見た。芽衣は教室の後ろに並ぶロッカーに押し付けられるように立っている。その表情は怯えたものになっている。この混乱を、おそらく芽衣も静めることができないのだろう。
ジンは自分の体内を探った。そこに魔力があるのだ。砂原家の四兄弟たちからもらったもの。父の病気を治すために必要だったもの。
こんなところで使うことになるとは――思いもよらなかった。父が人間界に置いていった魔力の話を知ったときに、不思議に思ったものだ。どうして持って帰らなかったのだろう、と。もらったものなのに。返すなんて、おかしいと。
でも今なら少しは、父の気持ちもわかる気がする。
そっと魔力を手の平の上に集める。そして、それを、芽衣に向かって、彼女を優しくとらえるように放った――。
――――
耕太は目を覚ました。辺りがぼんやりと明るい。座敷を囲む縁側のカーテンのすき間から、光があふれだしている。
朝だ。耕太はがばっと起き上がった。兄弟たちはまだ寝ている。ジンは――いない。
耕太は不安になり、眼鏡をかけると縁側に出た。芽衣の部屋へ向かう。芽衣を救うためにジンは芽衣の夢の中に入る決心をして――それで僕は部屋に戻ってまた眠ることになって――寝つかれなかったけど、ようやく眠ったんだ。そして朝が来た。
ジンはどうなったの? それから芽衣は? そして――今日は一体何日なんだ?
前方からひょいとジンが姿を現した。耕太はおどろいて足を止め、そしてすぐにジンに駆けよった。
「ジン!」
すぐ近くまで来て、耕太はジンに早口に尋ねた。
「大丈夫? 上手くいったの? 芽衣は、それから今日は何日で――」
「全部上手くいったよ」
笑って、ジンが言った。耕太の好きな、自信に満ちたジンの笑顔だった。耕太も笑顔になった。
「そうなの!? 芽衣は元気!?」
「まだ寝てるけど、特に異常はないな」
「それで今日は――」
「29日」
喜びが耕太の胸にわきあがってきた。ジンに抱きつきたくなったけれど、さすがにめる。その代わり言葉で、精一杯の感謝を表すことにした。
「ありがとう! 本当に助かったよ! 僕らも、芽衣も助けてくれて――! 本当に、なんてお礼をしたらいいか――」
「私が芽衣を助けたわけじゃない」少し穏やかな微笑みになって、じっと耕太を見つめながら、ジンは言った。「私が使ったのは、君たちからもらった魔力だ。それによって、芽衣は助かった。つまり、君たちが芽衣を助けたんだよ」
「ううん――」
僕らの力なのかもしれないけど。でもそれは僕らには使えないものだ。祐希兄さんには使えるのかな。でも難しいのかもしれない。ジンが――ジンだから、適切に使うことができたんだよ。耕太はそう思ったけれど、上手く口にできなかった。
「ジンさん」
ジンの背後から彼の名前を呼ぶものがあった。ジンが振り返る。そこにいたのは環だ。
早朝のまだ灰色がかった廊下、清々しい空気の中に、環が立っている。その手には小箱がある。その箱に、耕太は見覚えがあった。以前、曾祖父の部屋で見つけた木の箱だ。
「この中にあなたのお父さまがくださった魔力があるのよ」
そう言って、環はジンに小箱を見せた。
「その箱知ってる!」横から、耕太が言った。「前にひいおじいちゃんの部屋で見たんだよ。でもふたが開かなかった」
「開くわよ。魔法で封がされてたの」
環は簡単に、二人の目の前で箱を開けてみせた。そこにあったのは、二つの石だった。黒と白の、親指大ほどの、宝石のように輝く石だ。
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