第五章 流星ララバイ

1

 耕太は目を覚ました。朝が来たのだ。夏の日の出は早く、辺りはもう明るい。


 じんわりとした悲しさが、耕太の胸に忍び寄ってきた。今日は帰る日なのだ。芽衣の家から我が家に戻る日はいつも少し切ない。しかも、今回はジンのことがある。


 ジンとお別れなのだ。


 芽衣はまた、お正月になれば会える。けれども、ジンはどうだろうか。年明け、ここに来るときにはもういないだろう。ジンは魔界に帰って――そしてまた、人間界に来ることがあるのだろうか。


 しかし、いつまでも横になったままくよくよしていても仕方がない。今は何時頃なのだろうと、耕太は枕元の携帯に手を伸ばした。時刻を見る。もうそろそろ、起きる時間だ。


 そしてふと、違和感に気づいた。日付だ。8月28日という日付が見える。28日……? 今日は、29日じゃなかったっけ。


 僕らは29日に帰る予定なんだよ。それなのに、28日とはどういうことなのだろう。耕太が考えていると、隣の翔がもぞもぞし始めた。目を覚ましたようだ。


 携帯が壊れたのかな、そう思って、耕太も起き上がる。


 顔を洗い、歯を磨いて食堂へと赴く。居間を通る際に、ふと、ローテーブルに置かれている新聞を見た。なんとなく日付を確認してしまう。日付は――28日だ。


 昨日の新聞だな。耕太は新聞の一面を見た。うん、そうだよ。この紙面には見覚えがある。そこに、芽衣がやってきた。


 耕太は芽衣に声をかける。


「これ、昨日の新聞だよね」


「そうなの?」芽衣が新聞を手に取る。「ううん、今日のよ」


「え、だって、今日は29日……」

「28日でしょ」


 あっさりと芽衣は言い、新聞をテーブルの上に戻すと、食堂へ向かった。残された耕太はわけがわからずぼんやりとしてしまう。


 芽衣が勘違いしてるみたい。でも、勘違いするかな。僕らはこの家に29日まで滞在するという予定で、もちろん芽衣もそれを知っていて、今日が帰る日だということももちろんわかっていて、それなのにこういう勘違いを……。


 もやもやと混乱したまま、耕太は朝ごはんを食べた。食堂にはジン以外、全員がそろっている。


 食事を終えた耕太は疑問を抱えながら座敷に戻った。そこに、翔がやってくる。


「なあ、耕太、今日は29日だよな」

「翔!」


 耕太は思わず大きな声を出してしまった。「そう、そうなんだよ! 今日は29日! 芽衣は28日だって言ってたけど、でも……」


 慎一と祐希もやってきた。


「お前たちも気づいているのか」


 慎一が二人に言う。「さっき、俺と祐希も話してたんだよ。最初、俺の携帯がおかしくなったのかな、と思ったんだ。でも伯母さんに訊いても今日は28日だというし……」


「何が起こってるんだ?」


 翔が非常に戸惑った表情で、三人の兄を見た。けれども誰も、その質問には答えられなかった。


「ジンは……」


 耕太が呟く。ジンと話がしてみたかった。ジンは魔物で魔法に詳しいだろうし、ひょっとするとこの状

況について、何か説明してくれるかもしれない。すると、耕太の呟きが聞こえたかのように、庭から声がした。


「どうしたんだ。みんな深刻な顔をして」

「ジン!」


 四兄弟は縁側へと駆け寄った。それぞれが口々に話し始める。「変な出来事が」「日付がおかしくて」「これってループ」「でも芽衣が」「伯父さんも」四人とも一斉に話始め、そして、これではジンが理解できなだろういうことに一斉に気づき、みんな口を閉じた。


「昨日が繰り返されてる」ジンが静かになった四人に言った。「そうだろ?」


 そうなんだよ! そう、それ! と言った言葉が、四人から次々出てくる。ジンは難しい顔をした。


「どういうことなの? 何が起こってるの?」


 耕太がジンに尋ねた。ジンは難しい顔のままだ。


「私にもわからない。ただ……魔法の気配がある。かなり強い魔力だ。それが、私たちを、昨日に閉じ込めている」

「魔法……誰かが魔力でもって俺たちを閉じ込めているのか?」


 慎一が真剣な面持ちで、ジンに尋ねた。ジンはやや俯き、頷いた。


「おそらく。けれどもそれが『誰』なのかがわからない……」


 ジンは四人を見上げて言った。


「朝から変だと思っていたんだ。妙な魔力がこの周辺に満ち溢れていた。それの出どころを突き止めようと、ここらを歩いてみたけれど、どうもよくわからない。もう少し調べてみる」


 そう言って、ジンは門のほうへと歩き出した。後には四兄弟が残された。


 耕太は他の兄弟たちを見た。兄弟たちはみな、途方に暮れたような顔をしている。しばらく無言が続いたあと、慎一が口を開いた。


「ともかく、ジンにまかせるしかないな」


 耕太もそれに同意する。自分たちは魔法については何も知らないのだ。とりあえず、現在の状況はわかったが、そこから何をどうすることもできない。


「なんで僕たちだけなんだろう」


 祐希がふと、言った。「芽衣も芽衣の家族も、28日が繰り返されていることに気づいてない」


「うーんそれは……」慎一が考える。「それは……俺たちは兄弟だけど、芽衣はいとこで、伯父さんと伯母さんは俺たちの両親でないし、なんというか……血が遠い、とか?」


 慎一が言うも、誰もその後に続かない。みな黙ったままだった。

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