5
「うん。そうだけど。でもここは僕の夢だから」
それが答えになっているのか、祐希にはわからなかった。祐希は手を差し出したまま、うながすようにジンを見た。
ジンが一瞬、視線を逸らす。が、すぐに祐希のほうに、手を伸ばした――。
――――
砂原家の子どもたちとジンは、無事、元の世界に帰ってくることができた。
庭に立ち、しばくらみんな茫然として口を聞かず、そして、その沈黙を打ち破るように真っ先に我に返った翔が、興奮してまくしたてた。
「俺、死ぬところだったんだよ! ジェットコースターに乗ってたら、急に恐竜が現れてさ、気づいたらレールがなくなってて……」
「それは、怖かったね」
次第に落ち着いてきた耕太が、同情するように言った。翔が尋ねる。
「そっちはどうだったんだ? 何かあった?」
「僕は芽衣と一緒にいてね、えっと……」もやの中を二人でさまよっていたら、いつの間にか、元の世界に、見慣れた庭にいたのだ。もやの世界での出来事を思い出して、耕太は赤くなった。「えっと……その、あんまり怖い目には……合わなかったかな」
「ふーん。そりゃよかったな」
耕太は盗み見るように、ちらりと芽衣に視線を向けた。芽衣も少し赤くなっているようだった。
「……私の……魔法が、どこか、おかしくなっていて……」
ジンが口を開いた。その表情が、ひどく不安げなものになっている。祐希がそばで言った。
「僕のせいもあるよ。僕が上手く、遊園地を思い描けなかったから」
「いや、そうではなく……」
ジンが言い、そしてまた口を閉ざした。その口調が重かったので、耕太は心配になってジンを見た。眉間に皺がより、混乱し、戸惑っているようだった。何か、苦悩しているようにも見えた。
誰のせい、という話は誰もしたくなかった。そこで、こんなこともあるものだと、曖昧に話を終わらせ、解散となった。
それからしばらくして、夕方となり、耕太と芽衣と翔が座敷に集まっていた。畳の上に座り、今日の夢の話となった。
慎一はどこかに出かけている。祐希はおそらく居間にいるのだろう。居間からピアノの音が聞こえる。ジンがどこにいるのかは、誰も、少なくとも座敷にいる三人は知らなかった。
「何かがおかしいんだよな」
翔が腕組みをし、難しそうな顔をして言う。
「ジンが元気がないんだよ」
耕太はジンが心配だった。ジンが元気がないのは、夢が上手くいかないからだろうか。それとも元気がないから、夢の世界がおかしくなっているのだろうか。
今日は朝からおかしかったような気もする。施設にいるときも。妙に大人しかった。一体、何があったのだろう。
「ひょっとして……おなかが空いている!」
「おなか?」
耕太の発言に、翔が不思議そうな顔をした。
「そうだよ! だって、ジンはこっちに来てからあんまりものを食べてないんだよ」
「でも、人間の世界の食べ物は、食べたところで意味がない、って言ってたでしょ」
芽衣が横から指摘する。
「うん、でも、魔界の食べ物だって食べてないんじゃないかな。多少なら食べなくても大丈夫って、ジンは言ってたけど、でも何日か経つから、おなかが空いて……」
「魔法が上手く使えない」
「そうそう!」
翔の言葉に、耕太は力強く同意した。おなかが空いているの……つらいだろうな……。でも僕たちのために、夢を見せてあげようと頑張ってるんだ……。
「魔界にいったん帰るというのはどうかな。ご飯を食べに……」
しんみりとした気持ちになりながら、耕太が言った。芽衣が、冷静に言う。
「それはいいけど、でもジンがここに来たのは修行のためなんでしょ? 途中で帰ってもいいの?」
「そうだよ」翔も口をはさむ。「ていうか、修行ってなんなんだ? もしかして……人間界のような、エネルギーの補給が上手くいかないところで、どれくらい魔法が使えるか試されてるとか?」
「ああ、だから私たちに夢を見せてるの?」
「かもしれないな」
翔と芽衣の会話を聞きながら、耕太はますますジンを気の毒に思った。おなかの空いた状態で……修行……大変だろうな、でも王様になるのだから、仕方ないのかも……って、でも本当に、この推測が当たってるのかな。
「ジンがいったん魔界に戻って、またやってくるというのは悪くないけど……」翔がそこまで言って、天をあおいだ。「でも、俺たちは明日には帰るんだよー!」
そうなのだ。この家に滞在する予定は明日まで。明日で……ジンとはお別れだ。
「なあ、芽衣。ジンがその後どうなったのか、教えてくれよな!」
「いいけど」
翔の頼みを、芽衣はそっけなく引き受けた。僕らがいなくなるということは、と、耕太は思う。芽衣とジンが二人で残されるということか……。なんだか上手くいくのかどうか心配になってくるけど、芽衣は以前ほどジンにつんけんしてないし、意外と仲良くするのかもしれない。
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