4

 店内を一周し、芽衣が窓へと近づいた。他の四人もそれにつられるように、芽衣のそばに集まった。


「海だわ」


 窓から外を見て、芽衣が言った。たしかにそこには海が広がっていた。広い砂浜と、水平線の見える海だ。天気はよくなかった。曇っており、少し風が強いのか、波がいささか乱暴に繰り返し浜辺を叩いている。外には誰もいなかった。人間も。人間以外の動物も。空を飛ぶ鳥さえもいなかった。


 もちろん慎一もいない。


 耕太は窓が開けられないだろうか、と思い、よく見てみた。けれども開けることはできなさそうだ。そしてここにはドアがない。ということは――僕らは閉じ込められたということなのだろうか。


 嫌な予感がした。慎一がいないというだけでも不安なのに、さらにそれが強くなる。耕太は窓から一歩離れた。示し合わせたように、他の人びとも窓から離れた。


「あれ」


 振り向いて店内を見て、祐希が声をあげた。「人がいる」


 さっきまでもちろんいなかったのだ。見落とすはずがない。けれども今ではそこにいるのだ。無から現れたように。


 それは女性だった。若く美しい女性だ。長い黒髪を背にたらし、ドレスのようなものを着ている。肩が広く開いて、身体にまとわりついた細身の、濃い青のドレスだ。胸元にはダイヤのようなきらめく石で飾られた、豪華なネックレスをしていた。


 女性は椅子に座って、テーブル越しにこちらを見ている。五人は、引き寄せられるように近づいていった。




――――




 近づいて、女性の様子がはっきりと見えるようになる。耕太はその女性がとても美しいのに感心した。弓なりの眉、長い睫毛、赤い唇。そしてドレスが青ではなくて、緑や赤の様々な色が入った複雑なものであることにも気づいた。それらの色は、ドレスの中で動いているように見えた。耕太は混乱し、そして、落ち着かない気持ちになってしまった。


「ゲームをしましょうよ」


 テーブルの上にはトランプがあった。芽衣がその言葉を無視して女性に尋ねる。


「あなたは誰なの?」

「誰でもいいじゃない。そんなことより――私と遊びましょうよ」

「嫌、って言ったら?」

「でもあなたたち、特にやることがないでしょう? ここからは出られないんだし」


 そうなのだ。耕太はますます落ち着かなくなった。ここには出口も入口もないのだ。


 女性は鮮やかににっこりと微笑んだ。


「ひょっとしたらそのうち出られるかもしれないわね。でもその間、ただ待っているのは退屈でしょう?」

「慎一はどこに――」


 芽衣の言葉をジンが制した。ジンが芽衣の腕を掴んで自分のほうに寄せ、そして、他の三人も近づいて彼らに声をひそめて言った。


「慎一の消失にはこの女性が何か関わっているのかもしれない」

「そうなの?」


 耕太がジンを見上げて訊く。


「いや――わからない。正直なところは。けれどもこれは慎一の夢なんだ。この女性も慎一の作り出したものだ。だったら、言うことをきいたほうがいいかもしれない」

「わかった」


 翔が真剣な顔をして頷いた。


 耕太は考えた。慎一兄さんが消えて、そしてこの女性が現れた。まさかこの女性が慎一兄さん――ってことはないよね。でもジンの言う通り、慎一兄さんの生み出したものではあるのだから、逆らわないほうがいいのかもしれない。


「一緒にゲームを楽しむことにしたよ」


 女性のほうを見て、ジンが笑顔で言った。女性もまた嬉しそうに笑った。


「そうなの。ではまず、ちょっとした賭けをしましょう」

「賭け?」


 ジンが、それに続いて四人の子どもたちが女性のいるテーブルに近づく。女性はトランプから二枚を抜き取り、それをテーブルに置いた。


「このどちらかがスペードのエース。どちらかがハートのエース」


 トランプは裏を上にして置かれているので、数字も種類ももちろんわからない。女性は無邪気な笑顔でジンを見上げた。


「さあ、どちらがハートのエースでしょう」

「こっち」


 さほど考えることもなく、ジンが一枚を指差す。女性はますます嬉しそうになった。


「はずれ。こちらがハートよ」ジンが選ばなかったほうをひっくり返す。たしかにハートのエースだった。「こっちは――あなたが選んだほうは、スペード」


 女性がもう一枚をひっくり返す。と、その瞬間、ジンの姿が消えたのだ。まるで元からいなかったかのように、たちまちさっと消え失せてしまった。


「ジン!」


 耕太が悲鳴を上げた。女性の笑い声が聞こえる。


「あいつ、いっつもはずれを選ぶんだよ!」


 翔が言い、芽衣が女性にくってかかった。


「ジンをどこにやったの!」

「ここよ」


 女性はどこから取り出したのか、小さな5センチほどのガラスの小瓶を子どもたちに見せた。小瓶の中には何か、液体のようなものが入っている。靄がかかったような、乳白色の液体だ。


「あの人、ハンサムだったわね。私、自分のものにしたくなったの」


 女性はころころ笑いながら言った。とても満足そうな顔だった。


「ジンを返しなさいよ!」

「嫌よ」


 芽衣の抗議を女性はあっさり断った。唇のはしをつりあげて、楽しそうに言う。


「私のお屋敷で、あの人を飼うことにするわ。心配しないでいいのよ。大事に大事に飼うから。寂しい思いはさせないし、食べ物もねどこも極上のものを用意するわ。きっとあの人、幸せになるわ」

「そんなことはないと思うよ」


 今まで黙っていた祐希が、静かに否定した。女性は一瞬笑みを消し、目を上げて、祐希を見た。そしてまた、楽しそうな顔になった。

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