3
「私もあんまり……そうね、一緒に住んではいたけれど……」芽衣が何かを考えるように言う。そしてほほえんで続けた。「たしかに、優しいいい人」
芽衣は優しく耕太に言った。
「明日、会えるわ」
明日、みんなで曾祖父のところへ行くことになっている。本人に直接訊けたら……と耕太は思った。あなたは魔法使いですか、って。でも訊いたところで答えは返ってこないだろう。それを思うと、胸が痛んだ。
耕太は本を棚に戻した。そして、芽衣と調査にかかる。まずはたんすから。引き出しは軽く、中身はほとんどなかった。
「何やってるの?」
祐希が現れて、二人に尋ねた。耕太は事情を説明する。祐希も手伝ってくれることになった。
「……なんだか人の部屋のものを勝手にあさるのも気が引けるけどね」
祐希が言った。芽衣が今度は押し入れを開け、そこに身体をつっこみながら答える。
「真面目ね」
少しの間、それぞれ勝手に、手近なものを探っていた。と、祐希が突然声をあげた。
「見て。綺麗な箱」
そう言って祐希は引き出しの奥から、小箱を取り出し、二人に見せた。それはたしかに綺麗なものだった。
濃い色の木でできている。ふたと周囲には彫刻がほどこされている。つたと鳥たちの模様だ。そんなに大きなものではなく、祐希の両手に収まるサイズだ。祐希はふたに手をかけた。開けようとしたのだ。けれども開かない。
「鍵がかかってるのかな」
祐希が首をかしげ、芽衣が不満そうな顔をした。
「残念。使ってないのなら、私がもらおうと思ったのに」
「古いものみたいだね」
祐希が箱をしげしげと見ながら言った。箱は、傷があり摩耗がありいくぶんくたびれているように見えた。けれども木の濃い色は深く、落ち着いて風格さえ感じられる。
そこへ足音が近づいてきた。祐希が箱を元あったところに戻す。ふすまのところにひょいと顔が現れた。やってきたのは翔だ。
「こんなところにいた。さ、夢の世界に行くぞ」
翔は三人に意気揚々と言った。
――――
雨が降り出した。細かな小さな雨だ。雨音もほとんどしない。そして耕太が思ったとおり、涼しくはならなかった。
座敷にみんなで集まる。雨が降っているので庭に集合とはならず、みな、靴を持っている。芽衣が言った。
「それで……誰の夢なの? って、慎一よね」
祐希は自分たちと一緒にいたわけだから、違う。なので、残されたのは慎一だ。
慎一は頷き、言った。
「そう、俺」
「どんな夢にするの?」
今度は耕太が尋ねた。慎一が答えた。
「海だよ。翔が今年は一度も海に行ってないって言うから……」
「そうなんだよ!」翔が不満そうに言った。「海行ってない! 海で泳ぎたい! ってそう言ったら、慎一が、じゃあ海の夢をジンに頼もうか、って」
「慎一はそれでいいの?」
芽衣が慎一を見た。慎一は笑って言った。
「いいんだよ。俺も今年は海に行ってないし。受験生だから」
笑ってはいるが、その顔はどこか元気がない。やはり失恋の傷をひきずっているのかなあと耕太は思った。
「海なら水着を持って行ったほうがいいのかな。私は持ってるけど、あなたたちは?」
「持ってない」
芽衣の質問に耕太は答えた。海やプールに行く予定はなかったので持ってこなかったのだ。
「慎一に出してもらえばいいんだよ!」明るく、翔が言った。「耕太の夢では靴を出すことができたんだろ? だったら水着くらい出せるよ!」
「うん……まあ頑張る」
少し不安そうな顔をして慎一が言った。
「食べ物系と迷ったんだけど」翔がちょっぴり顔をしかめて言う。「海じゃなくてさ、もっとこう、美味しいものがたくさん食べられる夢でもいいな、って思ったんだけど、でも結局海にしちゃった」
「近くに美味しいレストランがある海にすればいいんじゃないの?」
芽衣が提案した。たちまち翔が喜んだ。
「いいね、それ!」
「おしゃれなカフェとかもあるといいわね」
芽衣が言って、またも慎一を見た。翔もだ。慎一はますます不安そうな顔になり、
「なんとか……するよ、どうかな……」
ごにょごにょと言った。
「じゃあそろそろ出発しようぜ!」
翔が元気よく言い、みなそろって出発となった。
――――
ここはどこなんだ? と耕太は思った。海、ではないようだ。
建物の中だ。少し古い建物。白い壁が若干汚れて、蜘蛛の巣が見える。古い上に長らく放置されているようだ。
耕太は辺りを見まわした。木の机と椅子が乱雑にちらばっている。カウンターがあり、カフェのように見える。
ということは、慎一兄さんは芽衣の希望を叶えたってことなのか。でもその割には、閉店してしばらく経つお店、というふうに見えるけど……。
みんなも戸惑っているようだ。その顔を見ていくうちに耕太ははっと重大なことに気づいた。耕太以外もそれに気づいたらしい。翔が大きな声で言った。
「慎一はどこにいるんだよ!」
姿が見えないのだ。ここには耕太、翔、芽衣に祐希、そしてジンしかいない。耕太がジンを見ると、険しい表情をしていた。
「いるはずだよ。ここは慎一の夢なのだから」
ジンがきっぱりと言った。
「この……お店みたいな建物のどこかに隠れてるのかしら」
芽衣が不安そうに言い、ジンがそれに応えるように提案した。
「探してみよう」
けれども建物内部は広くなかった。教室程度の大きさしかない。また、教室と同様に一方が大きな窓になっていた。それ以外の壁には窓がなく、古い絵やポスターのようなものが額縁に入れられいくつか飾られていた。そして、耕太ははたと気づいた。ここにはドアがないのだ。
周囲をくるりと眺めても、慎一の姿はない。隠れるところもなさそうだ。カウンターの後ろにも回ってみた。けれども慎一はいない。
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