第三章 失恋カフェ
1
慎一と祐希がやってきた。耕太と翔の兄たちだ。
高校三年生と二年生。慎一は大柄でいかつい顔をした、真面目なしっかり者だ。祐希はすらりと細身で目鼻立ちが女性のように優しい。性格もやわらかいが、芯は強かった。見た目が良いし、勉強も運動もできるので女の子たちから人気がある。
荷物を座敷に置いて、耕太たちは二人の兄を離れへと引っ張っていった。そこに待っているのはもちろんジンだ。耕太と芽衣と翔が、三人で騒々しくジンの説明をし、ジンもまた火の玉を見せて二人を納得させた。
ひとしきり話したあと、慎一が立ち上がった。ちょっとその辺を散歩してくるというのだ。離れには五人が残された。
「なんか慎一兄さんさ」耕太が言った。「元気なくない?」
「失恋したんだよ」
その疑問にたちまち翔が答えた。さらりと、なんでもないことのように。
「失恋?」
耕太はめんくらって尋ねた。
「そうだよ。失恋」
「失恋ってあの……。恋を失う」
「そう、その失恋。それ以外にいったいなにがあるのさ」
耕太はますますめんくらった。慎一兄さんは誰かと付き合っていたのだろうか。そんなこと全く知らない。
「誰に失恋したの?」
「三好さんだよ。ほら、近所の」
「ああ!」
耕太は声をあげた。近所に住んでるお姉さんだ。慎一兄さんと同級生の。二人は付き合ってたの? いや、たしかに昔から仲の良い二人だったけど……。
「付き合ってたの?」
疑問をそのまま、耕太は口にした。翔が否定する。
「いや付き合ってないよ。慎一の片思いだよ。でも俺がキャンプに行く前にさ、道で三好さんと出会ったんだよ。こちらには俺と慎一と祐希がいてさ。向こうは三好さんと他に男の人がいた。そのときは挨拶しただけだったんだけど、二人仲良さそうでさ。で、翌日俺が一人のときにまた三好さんに会ったの。だから昨日の人は恋人? って茶化して訊いたら、意外にも顔を赤くして、うん、って言うから」
「そしてそれを慎一兄さんに報告したんだよ」
少し困ったように祐希が言った。「それはしないほうがよかったかもね」
翔も多少ばつの悪そうな顔になった。
「俺もそう思った。でも、後でね。慎一に、三好さんと一緒にいた人、あれ彼氏だったよ、って言ったら、みるみる顔が強張って、そんとき初めて気づいたんだ。慎一、三好さんのことが好きだったんだなあって」
「僕も知らなかったよ!」
耕太も驚きのあまり横から口を出した。「僕も全然! 慎一兄さんが三好さんのこと好きって、全く気づかなかった!」
色恋沙汰など自分たちとは遠いところにあると思っていたけれど、すぐ近くにもこういったロマンチック? な出来事が展開されていたのだ。もっとも、遠いところにあると思っていたのが間違いだったのかもしれない。
「まあでもそれで、慎一は元気がないのね」
芽衣が言った。ジンが続けて穏やかに言う。
「失恋はつらいものだからな」
「ジンは失恋したことがあるの?」
耕太はジンのほうを見て言った。ジンはこの中で一番年上だし、魔物は人間より寿命が長いそうなので、それなりに人生経験を積んでいるのかもしれない。
「いや」ジンはたちまち否定した。「私は失恋をしたことがない」
「そうなんだ」
「私はこの通り、見た目がいいので――」
照れくさそうに、と同時に自信に満ちた顔でジンが言った。耕太は戸惑った。
「う、うん……」
はっきりと本人の口から言われると戸惑うが、ジンが美形なのは事実だ。そこで黙ってその先を待っていると、ジンは堂々と続けた。
「女性には大体好かれるのだ。だから失恋したことはない。まあ、気づけば向こうがいつの間にか離れていることもあるが、感情というものは永続的なものではないから、そういうこともあるだろうな」
耕太がなんと返事をしていいものか迷っていると、芽衣が冷ややかに言った。
「たわごとはともかく。慎一には気の毒なことだったわね」
「慎一はジンにどんな夢を見せてもらうと思う?」
翔が尋ねた。
「夢が見たい気分なのかな?」
耕太が首をひねった。正直、失恋というものをしたことがないのでよくわからない。ジンと同じ理由で、ではない。かわいいなあと思う女の子がいても、ほとんど話すことがないし、仲良くなることもないし、そうこうしているうちにクラスが変わって見かけることも少なくなってしまう。
そうしてこちらの熱も覚めていく。これって恋なのかな? と思う。恋だったら、こんなに早々に興味がなくなっていくこともないんじゃないか。それとも自分が薄情なのか。
耕太がなんとなく我が身を反省していると、翔が力を込めて言った。
「楽しい夢を見たほうがいいよ! 気分転換になるようなやつをさ」
ジンも同意する。
「そう。失ったものは忘れたほうがいい。なに、女性はたくさんいるんだ。もっとよい人に出会うよ」
「あんたは黙ってて」芽衣がぴしゃりと言い、続けて翔のほうを見た。「翔はまた夢の世界に行きたいのね」
「うん! そうだよ! だって楽しいじゃん! でも時間があまりないんだよなあ。明後日には俺たちは帰るわけだし。慎一に早く夢の内容を決めてもらわないと。あ、祐希が先でもいいんだよ」
大人しくみんなの話を聞いていた祐希は、困ったように微笑んだ。
「夢、といわれても、いいのが思い浮かばないんだよ」
翔がいろいろとアドバイスを出す。ジンと芽衣も話に加わっていく。それをぼんやり聞きながら、耕太は夢のことではなく、別のことを考えていた。
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