9

 平原の向こうから何かが現れ、こちらに駆けてきた。カラスくらいの大きさのものだ。毛に覆われ、くすんだ黄色とオレンジの縞模様の生き物だ。くちばしのような尖った口、爪のついた手足、トカゲのような鳥のような生き物が、二本足でやってくる。


 一匹ではなかった。十数匹の群れだ。ジンはそれを見てたじろいだ。


「さっき、私を襲った生き物が……」

「もう大丈夫だよ! 襲ったりなんかしないよ! もう、仲間だよ!」


 翔は笑って言った。実際そうだった。すごくなついているというわけでもないが、こちらに敵意を向けたりもしなかった。ジ、ジ、と楽しそうに鳴いて、すぐ近くまでやってくる。足元をすり抜けていく個体もあった。


「かわいいわね」


 芽衣が手の平を上に向けて、そっと差し出した。群れのうちの一匹が、立ち止まりとまどったようにそれを見つめ、少しずつ寄ってきた。


 手の中に何かあるのだろうかというように、首をのばして匂いを嗅いでいる。その様子を見て、芽衣が言った。


「ごめん、食べ物はないの。あ、美味しい実を持ってるわ。それ食べる?」


 さらに物音が、様々な足音、ささやくようなうめくような鳴き声、何かが振り回される空気を切るような音、そういった多様な音が聞こえ始め、耕太はそちらに目をやった。


 そして驚きのあまり目を丸くした。


 それは恐竜たちの一団だった。大きなもの小さなもの。うろこのもの毛皮のもの。二足歩行のもの四足歩行のもの。長いもの短いもの。太ったもの痩せたもの。


 巨大な竜脚類がいたし、するどい爪の大型の獣脚類もいた。三本の角に襟飾りをつけたトリケラトプス。背中に板が並ぶステゴザウルス。固い頭のパキケファロサウルス。おっとりとした印象のイグアノドンもいた。前足に鮮やかな緑の羽をつけ、群れになっているのはラプトルの類だろうか。


 上空には翼竜も舞っていた。おしい。これで海があればなあと耕太は思った。首長竜や魚竜も出てくるかもしれないのに。けれども翔としてはこれで満足しているのか、突然海が出現することはなかった。


 重々しい足音を響かせて、一頭の竜脚類が耕太の近くまでやってきた。長い首が耕太の上空にあり、それがそっと下ろされた。耕太の顔の近くまで。優しそうな黄色の目をしていた。耕太は手を伸ばして、その鼻先をそっとなでた。


 芽衣が黄色とオレンジの縞々の恐竜に実をわけてやっている。ジンと翔が、一体どの恐竜に乗ろうかと相談している。耕太は楽しくなってきた。


 この恐竜に乗れるかな、と耕太は目の前の竜脚類と目と目を合わせて思った。きっと無理だろうな。背中に上るにははしごがいるもの!


 でも――でも、魔法の力があれば可能なのかな。




――――




 座敷で、耕太と翔、ジンと、三人並んで寝る。昼間、恐竜の世界でたっぷり遊んだので、疲れている。耕太と翔はたちまち眠りについてしまった。


 ジンだけは寝付けず、起きていた。布団に横になり、目を開けて天井を見る。暗いので、はっきりと視界にものが映るわけではない。


 ジンは――考えていた。今日の夢は、一体なんだったんだろう、と。


 予想外のことが起こった。恐竜がこちらを襲ったこと。翔が消えたこと。恐竜たちが狂暴になった理由はわかっている。翔が恐ろしい想像をしたからだ。けれども――それが具現化する可能性は低いはずだ。自分が、魔力でそれを抑えているから。


 この夢はあくまで自分の制御の範囲内にあるものなのだ。自由に展開されてよいものではない。その世界は夢を見ている人間の想像の産物ではあるが、自分の管理下に置かれているのだ。


 それなのに、なぜ?


 何かが――何かが起こっているのだ。こちらの魔力を阻害する何かが、夢の中に紛れ込んでいる。そう、ジンは思った。けれどもそれが何かはわからない。


 前の夢はどうだったろうと考える。耕太の夢だ。あのときはなにもなかった。――はずだ。それともあの時から、何かがおかしくなっていただろうか。


 人間界にいるからだろうか。人間界にいるから、魔法がいつものように使えないのかもしれない。


 考えたところでわからなかった。ジンは苛立たしい気持ちになってきた。せっかく上手くいってるのに。計画は順調だ。近いうちに自分の望みは、ここに来た目的は果たされるだろう。


 でも――。ふいに暗い、不安めいた気持ちがジンの心に忍び寄る。でも――それが達成されたあかつきには、自分は、彼らを、砂原家の子どもたちを――。


 裏切ることになる?


 それはこちらに来る前から思っていたことだ。けれどもあまり問題はないと考えていた。こちらには重大な目的がある。なんとしてでもやらねばならないことがあるんだ。


 それには犠牲が出ることもあろうし、それに知らなかったのだ。砂原家の子どもたちのことを。だから、彼らを悲しませることになるかもしれなくても、そのことについて真剣に考えたりはしなかった。


 でも今は違う。今は彼らがどんな人間なのか知っている。


 ジンは目をつぶった。迷いと動揺を振り払うように。答えは出ない。今のところ、自分が進むべき道は一つしか見えない。だから、その道を進むしかないのだ。

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