第26話 ヤってるヤってる!


 声は、下の階から聞こえていた。

 驚きなのは、ここ・・に下の階があったこと。

 そして、それに気付かずに1ヶ月以上過ごしていたことだ。


 それから、もう1つ。


 背筋を、汗が伝っていく。


 突然。


 顔が、俺のすぐ前に現れていた。

『鎖』を稼働させてる状態の俺に、まったく気配を感じさせること無く。


 薄暗闇の中――


 女が、俺の目の前に現れていた。


 まだ若い。行ってもまだ30代の、凄まじく美しい女だ。しゃらりとした銀髪に、二の腕や背中の肉をPohotShopで削りまくったような肢体。


 俺はドルオタだったが、アイドルは美人がなるものではないと思っていた。あるレベル以上の美人はモデルになるし、もっと美人なら、芸能界など入らず金持ちの妻や愛人になる。AVに行ったりするのは、そこで入り口を誤ってしまった人間だ。


 いま目の前にいる女は、アイドルにもモデルにもならないレベルの、最上級の美女だった。


 彼女は、人差し指を口の前に立てて、俺に頷く。

 すると、また声がした。


 今度は階下でなく、同じこの部屋で。


「お母さま、ヤってる?」

「ヤってるヤってる」


 転移の魔道具から現れ、にじり寄って来た。

 闇でもキラキラなブロンドに、勝ち気そうな瞳。


 ミルカ=フォン=ゴーマン――『お嬢さま』だ。

 床に耳を当てると、彼女は口の端を歪めた。


「本当だ。ヤッてる……良かった。お兄様の同級生を、けしかけた甲斐があったってものだわ」


 ちなみに現在、3人とも床に這いつくばってる状態だ。

 別にそうする必要なんてないのだが、なんとなく。


 それより、さっきミルカは、なんて言った?

『お母さま』って言ったよな――ということは。


「ちょっと待って。もうすぐだから。もうすぐイクから。そうしたら、私も行きますからね。見てなさい。もう、最高のタイミングでぶっ込んであげるんだから」


 この銀髪の美しい女性は、ミルカの母親。グイーグ国の宰相、フンゾール=フォン=ゴーマン公爵の妻、イゼルダということになる。教師から聞いてた名前がいきなり目の前に現れて、俺は、ちょっと感動した。


 すると、階下では。


『ああ、XXX,、XXX、XXXがXXっちゃう!』

『XXX! XXって! 私のXXXにXXをXXXXXXして!』

『ああ! XXXXXXXXXXX! XXXXXXXXXXXXX!XXXXXXXXXXXXX』

『XXXX! XXXXが! XXXXしちゃう~っ! XXXXXXXXXXXXXX~~~!!』


 それと同時に。


「じゃ、行ってくる」

「お母さま、ファイト!」


 お母さま――イゼルダが、四つん這いで転移の魔道具まで這って、部屋から出ていった。別に這って行く必要は無いんじゃないかと思うのだが。天井裏というわけでもないんだから。


 夜着のお尻を振って這う母親を見送り、ミルカが笑った。

 その笑みのまま、俺を見て言った。


「ご挨拶が出来なくてごめんなさい」

「いえ、こんな時ですし」


 そう答えてから、挨拶っていまこの時じゃなく、王都に来てからってことかと気付いたのだが、話題は既に変わっていた。ミルカが、更に笑みを深くして訊いた。


「クサリさん。あなた一体、何をしたの?」

「と、おっしゃいますと?」

「教授たちよ。私の不手際だったんだけど、クサリさんの入学試験に派遣されたのって、学園の中でも頭の固い学究肌っていうか『公爵家の紹介だからって斟酌はしない。採点に手心なんか加えない』って人たちだったんだけど――分かった?」


「いえ。分かりませんでした」


「分からないでしょうね。初日の時点であなたに夢中になってしまったみたいだから。『まだまだ何とも言えませんな~』って難しい顔してたけど、みんな、クサリさんにヤられてしまってるのが丸わかりで――来たわよ」


 階下で、動きがあった。

 行為は終わり、いまは『事後』に移行したようだ。

『もげろ』としかコメントできないピロートークが『鎖』を伝わってくる。


 居心地が悪くて、ついつい、身体をもぞもぞさせてしまう俺。


 そんな俺を見て、ミルカが興味深そうな顔になる。俺は、彼女みたく床に耳をつけていない。彼女にあわせて床に這ってはいるが、顎を腕に乗せて、崩れた頬杖みたいになっている。当然、床から耳までは離れて距離がある。なのに、階下の様子かいわを把握している。不思議に思って当然だろう。きっと、知的好奇心を掻き立てられ――


「……可愛い」


――たりとかでは、なかったみたいだ。


「クサリさん。あなた、私と姉妹になりましょう」


 ミルカが、そんなトンチキなことを言い出したのと、同時だった。

 階下から、音がした。


 どん!

 どん!

 どん!

 どん!


 ここからは、『鎖』からの情報を視覚的に再構成してお伝えしよう。


 どん!

 どん!

 どん!

 どん!


 音は、お母さま――イゼルダが立てたものだった。

 彼女は下の部屋に移動するやいなや、入り口すぐ脇の壁を叩き始めた。

 というか正確には、殴った。

 くるりと壁に正対し、力いっぱいのストレートを、壁に叩きつけたのだった。それから打ち下ろし気味のフックや縦拳によるアッパーを連打していく。


「「ひ、ひぃいいい………」」


 怯える声は、言うまでもなく、部屋の中央のベッドから。


 聞こえてきた声や、ミルカたちの会話から察すると、男はミルカの兄、ヨアキム=フォン=ゴーマン。相手の女性については、マニエラという名前しか分からない。


 抱きしめあい、すっと汗のひいた身体をより密着させながら、震える2人。


 ごんんんんっっっ!!!!


 最後は、ジャンプしての膝蹴りだった。息子とその恋人に背を向けたまま、母、イゼルダが言った。


「屋敷では、控えなさい」


 2人が、ぶんぶんと首を縦に振る。

 それに合わせるように。


「可愛い~。どうしてこんなに可愛いの~。うにゃ~ん」


 ミルカに髪や頬をいじられ揺すられて、俺もまた、ガクガクと首を振っていたのだった。


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