第25話 入学試験


 とはいっても、毎日のテストから得られるものは、多かったと思う。

 

 最後の方は、単なる雑談に近くなってたのだが、どうも俺は、けっこう危うい状態にあったらしい。


 歴史についての認識だ。


 教師の出す問題に、俺は龍皇に教わったままの知識で回答していた。


 しかしその中に、歴史家の間でもまだ一部でしか知られてない新事実や、あえて顛末をぼやかして伝えられている事件の『正解』が含まれてしまっていたらしい。


 いきなり王都の人間と話してたら、問題発言の連発だった可能性が高い。


 というわけで歴史の教師には、踏んだらヤバい地雷的な話題と、それに対する無難な回答というものを教えてもらった。


 読み書きと計算についてもそうだったのだが、教師たちは、そういう俺の学問的なタブーの無さに興味を惹かれてた部分もあったんじゃないかと思う。


 剣術と魔術についても、教わることが多かった。


 剣については、エシュロムからいろんな流派の違いを教えてもらった。さすがは王宮騎士団の『剛剣王』。というより、彼は単なるオタクだった。いろんな流派の始まりや、どんな技が生まれ、それにどんな対抗策が編み出されて来たのか等々。剣術の歴史、つまり進化してきた過程を教えてもらったわけだ。


 お互いにとって幸運だったのは、ここに紙がたくさんあったことだろう。

 教わったことを図にしてまとめて見せると、たいそう喜ばれた。


「この流派にこれをぶつけると対応できないのでは?」

「いや、それは正に私のことだ。だから、この流派のこの技を覚えて凌いでいたのだが……」

「だったら、こっちのこれを使えば、そもそもそういう状況にならないのでは?」

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ!?」


 紙に書き、実技で確かめることで、どんどん思考が展開していく楽しさ。あるいは自分が密かに築いてた仮説が、紙に書いてみると案外たいしたことなくて、がっかりしたりとか。エシュロムは、オタクとして非常に幸福な興奮の中にあったようだった。


 そして魔術の教師――ナンデア=イデアル氏だが、こちらからは、そのものずばり魔術を習った。


 のだが。


「回復魔法すら使えぬとは、ううううむ」

「魔術を修行したことがありませんでしたから……治癒に関しては、薬草の入手に困らない環境にありましたし」

「しかし、儂の魔術を跳ね返したのは――明らかに魔術の力学」

「ああ、あれはですね。剣にイメージを込めるんです――こんな感じで」


 と、言いながら剣に水のイメージを込めてコップを叩くと、たちまち水が溢れ出す。


「逆に魔術を受ける時は、これをもっと単純にした感じで、魔力を吸い込むイメージを込めるんです」

「それ、魔術やないですか」

「『やないですか』って言われましても」

「まあ、君はそれでいいか」

「え?」

「君のその技を理屈で説明することも可能ではあるかも――いや、可能だ。しかし、儂の心情として、それはしたくないのだよ」

「はあ……」

「君を、いじりたくない・・・・・・・。分かるかな? 分からないだろうがねえ」

「まあ、分からないんでしょうねえ」

「君の技に文句を付けられる教師なんていないだろうがね。もし、ごちゃごちゃ言われるようなことがあったら――」

「あったら?」

「叩いてしまいなさい」


 そんな感じで、後は毎回、


「ていていていていていていてい」

「ほいほいほいほいほいほいほい」

「ていていていていていていてい」

「ほいほいほいほいほいほいほい」


 イデアル氏の放つ魔術を俺が弾き、


「はいはいはいはいはいはいはい」

「せいせいせいせいせいせいせい」

「はいはいはいはいはいはいはい」

「せいせいせいせいせいせいせい」


 あるいは、俺が様々なイメージを込めて放った剣を、イデアル氏が結界で防いだり。


「おええええええええええええええええっ!!!!」


 そして、最後はイデアル氏が吐く――そんな感じに、終始したのだった。

 ちなみに龍皇の技については、しらを切り通した。


 そんな毎日が、トータルで1ヶ月ちょっとは続いただろうか。

 ふと気になって、ウィルバーに訊いてみた。


「あの……学園の入学試験は、いつ頃になるのでしょうか?」

「既に、終わりましたが?」

「ええっ!? ちょちょちょちょ、いかんじゃないですかそれ!」

「?……ああ。言っておりませんでしたな。ここに来た初日のテストが、それだったのですよ。あれが、学園の入学試験だったのです」

「おぉぅ!?」

「ゴーマン家の推薦ということで、学園側が諸々忖度してくれたようで。わざわざ人を寄越して、ここで試験を行ったのですよ」

「ゴーマン家が手配した教師と――そう伺った気がするのですが……そういう記憶があるのですが…………」

「記憶違いでございましょう」


 それで済ますのか……


「では結果は、どうだったのでしょう?」

「何も言ってこないところを見ると、合格なのでしょうな」

「確認して下さい」


 というわけで、翌日、結果が分かった。


「合格だそうです。ただし、条件として……」

「条件? 入学後に補習が義務付けられるとか?」

「新学期が始まるまで、いやせめてあと1ヶ月だけでもいいから、クサリ様に試験というか、今度は正式に授業を行わせて頂きたいと。っていうか会わせて欲しいと」


 断れるわけがない。


 そんなわけで、あと数ヶ月間、俺はここで過ごすこととなった。


 勉強させてもらえるのを、純粋に有り難いと思う気持ちもあるし、それは全然いいんだけど。


 いつまで、ここ・・にいることになるのやら……


 王都に着いてから、ずっといるここ・・

 見たままを言うなら、真っ白な空間だ。


 壁も天井も床も白く、テーブルも椅子も、すべてが白い。


 部屋は居室と寝室の2つで、あとは浴室とトイレ。食事はすべて、ウィルバーとメイドさんが運んで来る。


 部屋の隅に、転移魔法の魔道具が置かれていて、ウィルバーもメイドさんも教師たちも、みんなそこから出入りしている。部屋には窓もドアも無い。魔道具を使えば、俺も外に出ることが可能なのかもしれないが、嫌な予感がして試していない。


 俺が合格を知って、しばらく経った頃のことだった。


 夜、眠っていると、声がした。

 ベッドを降りて、床に『鎖』を下ろす。

 灯りの消えたままの部屋で、じゃらり。


 すると――


『大丈夫? 師匠、痛くない――初めてなんでしょ?』

『ううん……平気だよ。君と、ひとつになれたんだから。それより、いまは――ね?』

『うん。マニエラ、愛してるよ。あっ、きゅうって! きゅうって!』

『びくんって! ヨアキムもびくんって! おっきくなって! 中で膨らんで! おっきくなって! ふあああああ!』


――聞こえてくる声は、明らかにヤッていた。


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