第23話 VS亜龍(4)


 彼を助けることで、俺は、彼を肯定する。

 

 駈ける。


 視界の中、亜龍族デミドラゴンが大きくなる――近付いてくる。


 斬殺きるか、撲殺たたくか。


 どっちでもれるが、どっちでもいいわけじゃない。もし、俺の後ろに爺さんがいたら? 俺が間違えると、頭を叩いてくる爺さん。斬殺と撲殺。爺さんに叩かれずに済むのは、どっちだ?


 いや――それ以前に。


 いまにも亜龍族に噛みつかれそうなルゴシを、保護しなければ。距離は、500メートル。ルゴシの周囲の空間に、イメージを流し込む。望んだ場所に望んだ物を顕現させる、龍皇直伝の技だ。


 最初に、言い訳をしておこう。


 今回の場合、まず距離が遠すぎた。500メートルも離れてると、送ったイメージがぼやけて精度が低くなってしまう。


 それと、イメージが明確でなかった。龍皇のところで修行してた時は、毎日、大量の椅子やテーブルを出してた。あれが上手く出来てたのは、俺の中に、椅子やテーブルの明確なイメージがあったからだ。


 つまり何が言いたいのかというと、自分が見たこともないような物を出すのは、非常に難しい。

 いま俺が出そうとしたのも、まさにそんな『見たこともないもの』だった。


 カーボンナノチューブのギブス。


 傷付いたルゴシの足を包む形で、俺は、そんなものを顕現させようだそうとしていた。

 しかし、結果は――


「足が……芋虫になった?」


――馬車でウィルバーが、怪訝そうに呟いていた。


 まさにルゴシの足は『芋虫』としか表現せざるを得ない有様になっている。出来る限りソフトに表現するなら『足を綿菓子で包んだような』とでもいったところだろうか。


 とにかく、出来はどうであれだ。


 ルゴシの足を、強固な殻で防護することには成功した。さて、次は残る全身だが――ふと気付いた。見本があるものを、作れば良いだけの話じゃないかと。


 というわけで見本に従い、俺は顕現させた。


『鎖』を。


 自分の『鎖』を見本にして、ルゴシの全身をぐるぐる巻きにするように、大量の鎖を顕現させたのだった。少なくともこれで、亜龍族の牙にやられることはなくなった。ついでにいうと、鎖もギブスと同じカーボンナノチューブ製なので超軽い。


 これで、防護は完了。


 最後にルゴシを吊り下げてる使い魔の制御を奪って、出来るだけ遠くまでルゴシを運ばせる。もちろん、亜龍族がそれを追う。追おうとするのだが――ばしり。


「行かせないよ」


 伸ばした手を叩き、俺が止めた。いまだ斬殺と撲殺の間で揺れる俺だが、トータルな心情としては、もうどっちでもええやんって感じになっていた。


 じゃあ、両方で行くか。


 両手の木剣に、イメージを流し込んでいく。右手の木剣には、斬撃。左手の木剣には、打撃のイメージを。後は、これをどう振るうかだが……


 うん、普通でいいや。


 かつん……木剣と木剣を、ぶつけて打ち鳴らす。こうすることで、それぞれの木剣の中にあるイメージが、お互いを行き交い始める。かつん……そして何度か打ち鳴らすうち、両方の木剣に、斬撃と打撃のイメージが浸透する。


 剣を振った――亜龍族が、前足でそれを受ける。


 さく!

 だん!


 木剣が当たった場所から、同時に、斬撃と打撃の音がする。亜龍族の前足が、滑らかな切り口を見せて飛んだ。そして残った身体の方はというと、横倒しに転がり、引っくり返っている。


 木剣に込められた『斬撃』に斬られ、同時に『打撃』で殴られたのだ。全く異なる攻撃の効果が、同時に同じ場所へと加撃される。これは研究の価値ありだ。かなり、面白いことが出来そうだった。


「ぼるううぼるるううう……」


 バイクのアイドリング音みたいな声で呻きながら、亜龍族が起き上がろうとする。

 ざく! ぼぐ!

 今度は喉を叩いてやると、そこから大量の空気を吹き出し、亜龍族は動かなくなった。


 終わった。


 俺は再び使い魔を制御して、ルゴシを馬車まで運ばせた。馬車の結界は、失せていた。地面に横たえられたルゴシを、乗客たちが輪になって見下ろす。みんな、複雑そうな表情だった。


 それはそうだろう。最初はルゴシに期待し、次は裏切られたと憤怒し、それから、ルゴシが自らを囮にしたのだと知った。そして更に――いや、やめておこう。


「……最初から、あの娘が出ていけば良かったんじゃないか?」


 呟いた中年男の口を、周囲の乗客が塞ぐ。確かにその通りだが、仕方ないじゃないか。まさかこんな展開になるなんて、思いもしなかったんだから。それは言っちゃあいけないことさ。


 ルゴシの傷は、ウィルバーが治した。治癒魔法の心得があるとかで、エルフの少女たちを救う際に負ったと思しき傷も、まとめて治していた。もちろん、それで完治したわけではないが、馬車に乗せて問題ないくらいまでは、回復したみたいだ。


「王都の学校に入る? 『鎖』は剣技で使うアイテム? へええ。じゃあアタシは、とんだお門違いだったってわけだ。お恥ずかしい限りだね。穴があったら入りたい。いや、墓穴に入りかけてた癖に、なに言ってるんだって話ですけど」


 そんなことを話すのに、ルゴシは何分もかけて、息も絶え絶えの様子だった。そんな彼を、少女たちが心配そうに見ている。ニアランでルゴシの知人に引き渡されるはずだった彼女たちだが、予定を変え、王都にあるルゴシの屋敷で、しばらく働くことになったそうだ。


 しばらくというのは、ルゴシの怪我が治るまでの間。休養を余儀なくされる彼を、世話する人間が必要だからという理由でだった。


「伝わったようですな」


 ウィルバーに耳打ちされ、俺は少女たちを見た。

 頷くと、ウィルバーも頷いた。


 そして――どうしてこうなった?


 ニアランに着いた翌日、俺たちは次のデドランへと出発した。

 乗合ではなく、ルゴシの知人の所有だという豪華な馬車で。


 乗客は、ルゴシ、ルゴシの少女たち、そしてウィルバー。


 そして俺は――


「おいおい頼むよぉ。護衛の金を払ってんだからさぁ。いやあ、まさか君が噂のクサリちゃんだとは思わなかった。一度会ってみたいと思ってたんだけどさあ。本当に運がいいよね、アタシは。そう思わないか君たち――そう思うだろ?」


――彼らの、護衛として同乗することとなったのだった。


 俺が冒険者ギルドに登録してると知ったルゴシが、ギルドを通じて依頼してきやがったのだ。


 そうして二日後、俺は、王都に到着したのだった。


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