第11話 彼女は龍皇
最下層で、俺たちを出迎えた美女。
どこか、ギルマスと似ていた。理知的な表情と華奢な身体つきは正反対だが、全体として柔らかそうなところというか、もっと、はっきり言ってしまうなら――
「あのね、ムート……もう何年ぶりになるのかしら。私ね、ムート。私ね……」
――うん。この
「ああ、もう……私、どうしちゃったのかしら。あなたにお話したいこと、たくさんあるのに――」
頬を赤らめて、非常に分かりやすくもじもじし始めた彼女だったのだが、改めて俺を見ると、すっと醒めた顔になった。
「で、この娘が例の?」
「ああ、
美女と爺さんが、俺を見た。
俺は訊いた。
「だ、だで? ご、こ、ごの、ひ、ひ、ひ……ひっと」
本当に、この
こんなところにいる時点で、只者じゃないのは確定なわけだけど。
「え……言ってなかったの?」
どん引きだよって顔になる美女に頷いて。
爺さんが言った。
「龍皇だ」
龍皇――ってことは、あれか。
あの龍皇か。
なるほど。
ダンジョンの最奥に棲んでるって聞くものな。
龍にもいろいろあるが、最低レベルの種では単なる翼の生えたトカゲに過ぎない。それが上級種になるにつれ火を吹き、空を飛び、魔法を使い、人間の言葉を話すようになり……と様々な能力が備わっていく。ざっくり表現するなら、猫又のトカゲ版とでもいったところだろうか。
龍皇とは、その頂点にある存在だ。
冒険者たちの話だと、ダンジョン最奥の寝ぐらから出てくることはまずなく、その姿を見たことがある者は、いまやエルフにしかいないらしい。最後に人前に出てきたのがあまりに昔過ぎて、目撃者はみんな死んでしまったのだ。
その龍皇が、いま俺の目の前にいる。
これってもしかして、人類レベルで貴重な体験なんじゃないだろうか。
でも――爺さんが龍皇と知り合い?
っていうか、龍皇に惚れられてる?
っていうかいうか、龍皇が女性?
っていうかいうかいうか、人間?
「ふんっ!」
とりあえず、腹式呼吸で自分を落ち着けた。
その
「か、可愛い……なにこの娘、可愛いぃ~~~」
俺を見る龍皇の目に、爺さんに向けるのとはまた別種の熱っぽさが灯った。
再び頬を赤らめながら、
「ちょ、ちょちょ、ちょっと。ね? ちょっとでいいから。ちょっとで」
と、指を蠢かしながら近付いてきた。ワキワキっていうよりは、そよそよって感じの手付きなのだが、これはこれで不気味だ。
「抱かせて? 抱っこ。抱っこ。ね。ちょっとでいいから。ね?」
「だ、だだ、め、だめ」
「いいじゃないの、いいじゃないの~」
「!!」
「ほ~ら、捕まえた~」
後ろから抱きかかえられ、俺は愕然、そして呆然となった。
近付いてくる龍皇の動きを、いつもやってる通り『鎖』で読み、避けるつもりだった。しかし、伝わってくる情報が一瞬で乱れ、逆に、俺の動きを静止させたのだった。
『鎖』に誤情報を送った?
いや、龍皇が行ったのはそれ以上。
『鎖』を通じて、俺の身体のコントロールを奪い取ったのだ。
「くんかくんか。この雄牝キッス的というか、野趣に溢れた香りがなんというか、もう、もう……」
そんな変態に首筋の臭いを嗅がれながら、俺は思っていた。
この
少なくとも、いまこの瞬間も俺の生殺与奪権を握っている、いつでも俺を殺すことの出来る、そういう存在――それほどの、圧倒的な強者なのだと。
「頼んだ……」
爺さんはといえば、それだけ言って、奥の方へと消えた。
「ムート……私も、後で行っていい?」
龍皇が訊く。
返事は無かった――はずなのだが。
「も、もう……ムートったらあ。任せなさい! ご要望通り、しっかり、私がクサリちゃんを教育しちゃうんだからあ」
と、はしゃぎ始める。
そんな
「きょ、ぎょお……い、いぐ?」
「あら、それも聞いてなかったのね。まあ、誰に会いに行くのかも教えてもらってなかったんだから、当然といえば当然でしょうね。ふふ、しょうがない人……クサリちゃん。あなた、学校に入るのよね」
「は、ばい、る」
「ムートの見立てだと、剣技と魔力は問題なし。学力的にも優秀。授業にはついていけるはず。ただし――」
ああ、なるほど。
なんとなく、話が見えてきた。
「――ただし、他人との会話能力が低すぎる。コミュ障という程ではないが、会話の経験値が低すぎるせいで滑舌が悪く、ボキャブラリーも使いこなせていない」
会話能力についてだけやけに詳細というか、あの爺さん比較では長文レベルのコメントで、一瞬、本当かよとも疑ってしまったのだが。
「ぞの、とう、おり」
龍皇の指摘は、俺自身も自覚してる通りのものなのだった。
つまり、これから俺に施される『教育』とは――
「まあ、私が教えれば――2週間で人並みレベルには持っていけるかな。それで1ヶ月も経ったら『なんということでしょう!? そこには、詐欺師レベルのコミュ強KUSARIちゃんが!』ってところかしらね」
――他人との話し方、なのだった。
「任せなさ~い。ど~んと任せなさ~い」
俺的に『信頼できない人間が言いがちな言葉ベスト3』というのがあって、それは『心配してます』『あなたのため』『任せなさい』なわけだが、どれだけ疑わし気であろうと、いまの俺に、彼女に逆らう術は無かったのだった。
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