第10話 ミノタウロスとは呼びたくない

 冒険者ギルドから帰宅し、翌朝、俺と爺さんは出発した。


 ダンジョンの、最奥へと。 


 根本的な疑問として、どうしてダンジョン最奥へと向かうのか?

 その意図は不明だ。


 俺はただ、爺さんに連いてくだけだった。


「行くぞ……」


 と言われたから行くだけなのだ。


 誰も行ったことのある奴がいないから、正確には分からない。だがギルドのおこなった試算では、ダンジョンの最奥に行くには、最短でも5ヶ月――半年近くかかるらしい。


 途中で基地を作って、物資を運び込み、人員を入れ替え、難所にアタックを繰り返し、また基地を作ってとやってたら、どうしてもそれくらいかかってしまうのだそうだ。


 一方、俺たちは2週間での到達を予定している。


 本当にそれで行けるかは分からないが、荷物から判断する限り、爺さんはそう考えてるようだった。最低限の工具と調理器具、武器のスペアを持ち、食料は基本的に現地調達。干し肉も持参してるが、あれは食料でなく爺さんのおやつだ。2週間という期間は、その干し肉の量から割り出した数字でもある。


 5ヶ月と2週間。


 こんなに差が出るのも、不思議じゃない。俺と爺さんは、自分たちの最大速度でダンジョンを踏破している。ギルドの試算みたいに、基地作りの資材を運ぶ人足や、彼らも含めた大人数の食事を賄うスタッフ。そのための食材と、更にそれを運ぶための人足といった大人数では、こうはいかないだろう。最も足の遅い人間にあわせて歩かざるを得ないからだ。


 戦闘だって、そうだ。


「ブヒぅっ!」

「ギャギャっ!」

「ズバビっ!」


 最速で駆けながら最速で切り倒してくなんて、大人数だったら、そんなの出来っこない。いちいち足を止め、点呼を取って、安全な陣形を作り、戦って、点呼をとって、怪我人がいないか確かめ、いたら手当をし、点呼を取って、また歩き出すなんて、どれだけ時間がかかるか分かったもんじゃない。


 爺さんが干し肉を食べたくなった時以外は足を止めず、体感で3時間も進んだ頃だった。


「……あれ」


 爺さんが指差した先に、岩があった。


 その陰にしゃがんでいるのは、牛頭の巨人。

 赤銅色の肌では、針金みたいな体毛が渦巻いている。


 ミノタウロス。


 この世界にギリシャ神話が伝わってる筈もないのだが、そう呼ばれてるんだから仕方ない。しかし、ドルオタもオタクの一種。俺もオタクの端くれだ。なんというか、そこらへんの整合性が気になるというか、それってどうなのよ?っていうか、素直にそう呼んでしまうのは、どうにも躊躇われるのだった。


 だからここでは単純に『巨人』と呼ばせてもらう。


 手持ち無沙汰気に地面の砂を弄ったりしてた巨人だが、俺たちに気付いて立ち上がった――と思ったらまた腰を曲げて、近くに転がしてた手斧を拾い上げる。


「あれ……おまえ……ヤれ」


 言われたときには疾走ってた。


「ブゴォオオオオオ!!」


 振り下ろされる手斧を避けながら、それを持つ手――コンビニで一番太い魚肉ソーセージみたいな指――に、木剣を叩きつける。巨人が固まる。その間に俺は奴の前腕に飛び乗り、今度は肘の内側を叩く。また固まる。次は上腕に足を引っ掛けながら鎖骨を。肩に飛び乗って耳を削ぎ落とし、最後は頭頂から後頭部にかけてを陥没させ――


「……………」


――声もなく倒壊する巨体から、俺は飛び降りた。


 膝から崩れ落ちながら、巨人はそのどこかで生物の柔軟さを失い、地面に叩きつけられたと同時、身体全体が乾いた土塊みたいにひび割れ、粉々になる。


 こうして戦いは終わり。

 再び駆け出す――その必要は、無かった。


 さっき、巨人が座ってたあたりだ。

 何もなかった地面に、みるみる凹凸おうとつが生じ、扉が現れた。


 扉を開くと、階段。


 爺さんに続いて降りると、当然だが降りた先もダンジョン――俺たちは、ひとつ下の階層に降りたのだった。


 下の階層への階段は、フロアマスターが斃されるたび新たに現れる。それで元からある階段が消えたりなんてことはなく、単純に階段の数が増える。


 そして階段が現れた、ということは、さっきの巨人はフロアマスターだったということになる。道理で、多少は手応え――あったよな? 少なくとも、これまで遭った魔物よりずっと強かったのは確かだ。


 俺は物心付く前からダンジョンに棲んでるわけで、当然だが、かなり下の階層まで下ったことがある。しかし、フロアマスターと戦ったのはこれが初めてだった。


 何故、今回フロアマスターと戦うことになったのか――爺さんが戦わせたかは、なんとなくだが分かった。


 地下2階層ではヒドラ。

 地下3階層ではメデューサ。

 地下4階層ではサイクロプス。


 正にギリシャ神話のままなフロアマスターを斃しながら、30階層ほどを下った。

 そして、遂に最下層。


「お早いお着きでしたね……道中は、大変だったでしょう?」


 そこで俺たちを出迎えたのは、ほっそりした印象の美女だった。


 確かに言われた通り、ここまで来るのは、とても大変だった。俺としてはそんなに大変でもなかったが、普通に階層を下るのと比べたらという意味では、とても大変。


 なにしろ、いちいちフロアマスターを斃しながらの道中だったのだから。

 もちろん、その見返りはあった。


 困難を乗り越え手にしたそれは――圧倒的な、近道。


 俺たちが最下層ここにたどり着くまでにかかったのは、わずか4日。

 2週間どころじゃ、なかったな。


 ところで――あんた、誰?


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