第4話

「姉さん……?」

 廊下を曲がり、下駄箱がある玄関に出ると、自分の靴箱の前に冬窓床がいた。しきりにキョロキョロしていた彼女が弟の姿を認めると、起伏の乏しい顔にほわっと笑みが広がった。


「どうしたの?」

「……これ」

 蚊が鳴いた方が聞こえるんじゃないか、というくらい小さな声で、姉は紙の包みを出した。


「俺に?」

 こくん。頷いた顎を見て、跡永賀は中を開く。

 綺麗な円のクッキーが数枚入っていた。


「家庭科の実習……」

「で作ったんだ?」

 こくん。

「食べていい?」

 こくん。


 一枚をつまんでパキリと口にすると、ほどよい甘さが広がった。「おいしいよ、ありがとう姉さん」

「うん」

 そんなに嬉しいのか、赤くはにかんだ顔を見せる。「じゃ、じゃあ気をつけてね」「うん、姉さんもがんばって」


 とてとてと去っていく頼りない背中を見送って、跡永賀は靴を履き替える。姉は図書委員会に文芸部と、やはりというか、本まみれの学生生活をエンジョイしている。あの消極的な姉がここまでできるというのに、自分ときたら……


 跡永賀はやってきたバスに乗りながら、そっとため息。オタクではない。しかし、だからといって、それに代わる要素を自分は持っていない。ただの病弱な高校生になるだけだ。そうなれば今の連中との縁が切れてもボッチになるだけで……


 さらなる悪化だ。

 ずーん。胸中に暗雲たちこめる跡永賀が座っていると、そばで長い髪が揺れた。

「隣、いいですか」

「あ。ええ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 一礼して隣に腰掛けた少女は、よく見ていた。同じバスに乗り合わせることが多いからだ。


「よく、一緒になりますね」それは向こうも同じようだ。

「ええ、まぁ」

 もっとも、よく見ていたのは、それだけではないのだが。整った顔やなびく長い髪が、どうも印象的で、心惹かれるのだ。特に声、声が美しい。いつまでも聞いていたいくらいだ。


「こういう人が彼女だったらなぁ」

「はい?」

「え? へ……あ」

 しまった、口に出ていたらしい。


「な、なんでも……というか、聞こえてました?」

「ええと、その……一応」

「ああ、そうですか……それは何というか」

「ええ……ああ、はい」

「…………」

「…………」


 微妙な空気が、二人の間に流れた。跡永賀はさっさと降りたい気分になったが、目的地はまだまだ先だ。それは向こうも知っている。露骨に逃げたり避けたりするのは嫌だった。

「いい、ですよ」

「?」

「彼女になっても」

「……マジですか」

「好きでもない男の人の隣に座ろうとは思いませんよ」

「……な、なるほど」

 跡永賀は奇妙な納得をした。

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