第3話
「さてと、会社に行ってきますか。いくわよお父さん」
「あ、ああ」
マイペースに食事を終えた母は、調理を終えてぐったりしていた父を急かす。ちなみに父は昼と夜の分もすでに作っており、洗濯も済ませている。帰ってくるのは遅い。同じ職場で働く母に付き合って、ゲームセンターに行くからだ。花子は凄腕のゲームオタクで、太郎はその相棒というのが、結婚前から続く関係である。ゆえに、両親の帰りはいつも遅い。
「そ、それじゃあな。皆の弁当、作ってあるから」
「ボクティンのご飯は?」
「ああ、もちろん作ってあるさ。ちゃんと仕事探さなきゃだめだぞ」
「ふひひサーセン」
よろよろと背広に袖を通す父に、長男は謝る気などまったくない詫びをいう。もちろん、この自宅警備員が職探しなどするはずもなく、ハローワークどころか、求人誌さえ手にしたこともない。一日中家の中で、好き勝手に過ごす毎日だ。
「それじゃ、いってきます」
父を伴い、母は家を出ていった。
オタク同士ということで意気投合した二人が結婚して我が家はできたわけだが、自分はオタクではない。跡永賀は強く否定する。ああなった兄を見て、自分もそうなろうなどと、誰が思うか。
そう、自分は断じて、
オタクじゃない!
【学校・教室】
「いや、だから最高傑作はファーストだというのが
「この懐古主義者め。たしかに出来はいいが、あのクオリティーはもう時代遅れ」
「かといって最新作のSAGAはどうなのって気もするけどな。どんなものでも視聴を強いられるのは我々の悲しきサガか」
放課後、がやがやと三人のさえない男たちが一つの机を囲んで話をしている。
『アットはどう思う?』
その三人が、一斉に跡永賀を目に映す。机の主は目をそらして、
「さぁ。俺、オタクじゃないし」
「またまたご冗談を」
「あんなディープな兄者がそばにいてそれはない」
「本当は相当の強者なのであろう?」
「勝手に決めんなよ。……もう帰る」
不機嫌な顔で跡永賀は教室を出る。背後からの声には構わず。
最初は、あれが普通だと思っていた。跡永賀は自分の白い腕を見る。病弱な体が災いして、外にも出ず家にばかりいた小さい頃。姉は本の虫で、父や母や兄はああいう趣味。基準・模範になるのがそれでは、そういうものが常識や流行だと思わざるを得ない。だから、それが――オタクが皆にとっても当たり前だと思っていた。
違和感を覚えたのは、中学に入ってから。自分が、自分たちがマイノリティーの一員だと、そこでようやく気づけた。
その時は、嫌な汗と妙な恥ずかしさが止まらなかった。
しかし幼少時に形作られたスタイル――キャラクターは、そう簡単に変えられない。入学時によくあるグルーピングでは、やはりそういう連中と親しくなってしまう。
中学生活を暗黒時代にしてしまった反省から、今度こそはと臨んだが……そこにも兄の残した空気というか、印象があって……
高校生活早々、自分は周囲からオタク認定されてしまった。ゆえに、自分のところにやってくるのは、そういう連中ばかり。
歴史は、繰り返された。
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