第36話
「…………私と彼の話はこれくらいでしょうか」
「なるほど。ありがとうございます」
筆者は
「なにか参考になりましたか?」
「ええ。助かります」
今回、筆者が
「当時はこの工房も珍しくて、見に来る人も多かったんですよ。そこで作った器を買ってもらったり……自分も作ってみたいって人も来たりして」
「それで陶芸教室を始めたわけですね」
筆者は工房内を見回す。室内にはあくせくと土を練ったり、ろくろを回す者が大勢いた。
「今はもう最初の頃の生徒が指導役になって、私の出番はそんなにないんですけどね」
彼女は苦笑する。陶芸の一流派の開祖として世間に認知された女性も、話してみれば普通の女性といったところ。局地的に陶芸という文化はいくつかあったが、ここまで体系化と収益化を確立したのは彼女が史上初であろう。その功績が評価され、一芸術家として人間国宝の認定を受けたというわけだ。
「話を戻しますと、あなたが陶芸家として活動するようになったのは、剣の英雄の支援あってのことである、と」
「うーん」
すると彼女は腕を組んで首をかしげる。
「あの人がその剣の英雄かと問われると……」
「『そんな風には見えなかった』ですか?」
「ええ。とてもそういう戦ったりするような人とは」
「皆さんそう言うんですよね。まあ、それはおいといて、ここの建築周りのお話を聞かせていただきたくてですね」
「ああ、はい。用意しておきましたよ」
彼女は引き出しから一通の封書を取り出す。人間国宝直筆の紹介状である。
「すみません。こうでもしないと取材のアポが取れなくて」
「多忙ですからね」
「それでは、私は早速行ってきますので」
「ええ。お気を付けて」
工房の前で手を振る女性に筆者は深々と礼をし、その場をあとにした。
目的の場所まではそう遠くはない。
しかし、この暑さには参る。
じりじりとした日光を恨めしげに仰ぐ。
また、暑い夏が来る。
ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭き、目的地へと急ぐ。はやく涼しい場所に逃げ込みたい。
やがて目的地が目に入り、筆者は意図せずそれを見上げる。いつ見ても威容で立派な建物だ。
先代のキノシロ社長は、この
次の取材相手は、その新社長である。
これが厄介で、通常の取材の申し出ではなかなか叶わない。本人が多忙ゆえに、長時間の応接ができないとのことだ。社長といっても涼しいオフィスでふんぞり返っているわけではなく、常に現場主義で社長室にいることが稀だという。仕事のほとんどは現場での作業や指揮監督、各地での講演や実技指導だそうだ。キノシロ氏が現場からいなくなった現在、この会社独自の建築技術をもっとも理解しているのはツチヤ氏であるのだから、しかたないといえばそれまでなのだろうが。
先代社長のキノシロ氏が確立した新技術の建築は、当初は文字通り異端であったそうだが、今では流行の最先端という評価におさまった。何もそれは、あらゆる文化・文明を受け入れやすいイガウコの風土であったから、というわけではないだろう。利便性や合理性があったのもあるが、なにより――――
そこには、未知への憧れと職人の夢がつまっていた。
まあ、陳腐に言ってしまえばロマンというやつだ。
かくいう筆者も、マイホームはこの会社から買っているのだ。
筆者は改めて社屋を下から上へなぞるように見る。
城である。
かといって従来の城ではない。
そもそも城とは、言ってしまえば拠点である。政治的・軍事的な役目をもって作られた大規模な拠点。その点については従来のそれとは相違ない。
問題はそのデザインだ。
天守と呼ばれる特徴的な建造物を中心に、石垣という石で積み上げられた壁が周囲に張り巡らされている。一説にはこれが攻城対策になっているとかなんとか。
ともかく、城壁や城門はまだわかるが、こういった諸々は従来の城にはなかったわけである。
社屋正門にいる警備員に社員証と紹介状を見せるとすんなり通してもらえた。その際に話をすると、新社長は幸運にも社内にいるので、ひょっとしたらこのままストレートに取材に応じてもらえるかもしれない、とのこと。そう祈ろう。
城内に入った筆者は、長い石垣の道を眺めつつハンカチで首回りをぐるっと拭う。
この社屋のモデルになった城は、そう呼ばれていたらしい。
いったいどうして再現しようと思ったのか。
会うことが叶ったら、まずはそのあたりを聞こう。
筆者は涼を求めるのもあって、誘われるように屋内に入っていった。
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