第100話 ラジオがガーピー
ガガー、ピーガガガ……
雑音に交じって流れてくる声には、聴き覚えがあった。あれは私の、恋人だった男。
――愛していたのは、お前だけだよ。
「ふん、なにさ。嘘ばっかり。私の友達に片っ端から手を出して、一緒になって笑っていたくせに。馬鹿にするにもほどがあるでしょ」
――あれは、向こうから誘われたんだ。俺はやめようって言ったのに。
「でも結局寝たんでしょ? ねえ、私は彼氏だけじゃなく、友達もほぼ全員失ったんだよ? よくもまあ、見境なく派手にやったもんよね」
――でも結局、お前が一番だって思ったんだ。信じてくれ。
「誰が信じるもんですか」
――本当さ。指輪を買ったんだ。君のために。宝石店に取りに行くところだったんだ。
「嘘よ、嘘、そんなこと信じない」
――本当さ。俺の上着の内ポケットを見てごらん。領収書と引き換え証が入っているから。
嘘に決まっていると思いながら、私は物置からシャベルを取り出して、車に乗り込んだ。山中で車を降りて、登っていく。迷う心配はなかった。何度も下見をして、その後も何度も通ったんだから。
目印の特徴的な石の下を二メートルほど掘り返すと、彼がいた。当然腐敗が進んでいたけど、彼だと見分けがつかないほどではなかった。もう半年経つのに、この辺の地層は腐敗の進行を遅らせるらしい。土で汚れ湿った上着の内ポケットを探ると、折り畳んだ紙が出てきた。複写のブルーの文字は、間違いなく彼の手書きだ。
○○宝石店の領収書。指輪。ゴールド、ルビー。ケチな彼にしては、随分と奮発したものだ。指輪の内側には刻印のオプション。
From K to A
私のイニシャルは、R。
「この、ロクデナシ」私はケイイチの崩れかかった紫色の顔にシャベルの先を突き立ててやった。
「もう二度と私に話しかけないで」
――ここは暗くて、冷たいんだ。お前がいないと、寂しいよ。
「知るもんですか。アキコにまで手を出していたなんて、もう一回殺してやりたいぐらいだわ」
アキコは私の妹で、まだ高校生だ。私はシャベルの柄を両手で掴んで高く振り上げると、ケイイチの頭部を滅茶苦茶に突き刺してやった。首が千切れてドロドロとしたものが流れ出た。
「気持ち悪いわね!」
腹の辺りを蹴飛ばしてやると、死体が動いた拍子に彼の腹にめり込んだ足首を掴まれた。
「離しなさいよ」
私はシャベルの先で肘の辺りをがしがし突いてやった。スーツの布も腐食して脆くなっていたのだろう。それはあっけなく関節のところから外れたが、まだ私の足首を掴んだままだった。
私は気にせずそのまま穴を這い上がって元通りに土をかけて埋めると、車に戻り帰宅した。
あれ以来私の足首にはケイイチの肘から先の腕がくっついたままだ。私は気にしない。ラジオから流れてくるケイイチの声も、以前と同じように情けない言い訳を繰り返している。
――まだ怒っているのかい。
「高校生に手を出すなんて、ヘンタイ」
――だから、向こうから誘ってきたんだってば。お姉ちゃんにばらされたくなかったら指輪を買ってくれっていうから、仕方なく。
「もし誘われたのだとしても、普通断るでしょう、あの子はまだ十六なのよ、このニンゲンの屑が」
私は、死んだ男の恨み言なんか、気にしない。そもそも、ラジオなんか家には置いてないのだから。足首を掴んで離さない裏切り者の男の手首と一緒で、そんなものを私が気に病む必要は、ない。
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