第101話 水中美人

 彼女の名前を、叫んでいる。

 ぶ厚い硝子を両の握りこぶしで叩いても、その振動音すら彼女の耳に届いているかどうか。

 藻の如く揺れる長い髪は亜麻色だが、水のフィルター越しで青みがかっている。彼女のほっそりとした体を包むワンピースもそう。

 水中にたゆたう彼女は、美しかった。


 ふいにわたしは、彼女を激しく憎んでいたことを思い出す。

 水槽に彼女を入れたのはわたしだった。

 彼女の瞳にに憎しみが見える。ごぼ、と口と鼻から大きな気泡が漏れた。喉をかきむしり、胸を鷲掴みにし、もがき苦しむ彼女は、醜悪だった。

 意外と時間がかかるんだな。そんなことを考えていた。


 彼女が涙を流したのかどうかわからない。


 わたしは、一筋の涙が頬を伝うのを感じた。醜くひきつって、笑っているようにしか見えないわたしの顔を。

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