第61話 家の前でゴ〇ラが死んでる
家の前に人だかりができている。正確には、ささやかな庭を含む家屋をぐるりと囲む高いコンクリート塀の、門前の辺りに集まって、がやがやと騒がしい。
一体なんだと表に出てみて、わかった。巨大なゴ●ラが、門のすぐ脇の塀にもたれかかるように座してこと切れていたのだ。
「おい、冗談じゃないぞ」
思わず大きな声が出た。
たまたまここで力尽き行き倒れたのかペットの亡骸の処理に困った誰かが不法に投棄したのか、そんなことは問題ではなかった。いずれにせよ、恐ろしく迷惑だからだ。
俺の家の前で絶命しているゴ●ラを取り巻く大勢の野次馬どもは、他人事だと思って、にやにや笑いながらスマホで写真を撮ったりしている。家人が写り込むのもお構いなしで他人の家の写真をSNSにアップしたりするのだろう。なんて下品で無礼な連中だろう。
猛烈に腹が立った俺は、死体の腕をとり、引っぱってみたが、何しろ巨体だから、びくともしない。赤ん坊だって意識を失えば(眠れば)ぐんと重くなるのだ。死んでぐにゃぐにゃしている巨漢の腕一本持ち上げるのでさえ容易ではなかった。そうでなくとも、このサイズだ。TVや写真で見て想像したより、実物は遥かにデカく、恐々触れた体は冷え切っていたものの、外見はまだ瑞々しく、今にも起き上がってエンパイア・ステート・ビルディングによじ登り始めそうだ。
俺が動くたびに遠慮なくフラッシュが焚かれ、動画をずっと撮っているらしい馬鹿もいる。俺は踵を返し、家の物置から買ったばかりのチェーンソーを持ってきた。伸び放題の庭木の手入れを使用と購入し、しばらく放置していたものだ。あまりに腹が立っていたので、門に到達する直前に電源を入れて、ソーを振り回しながら勢いよく表に躍り出た。
勢い余って刃先が野次馬をかすめたので、細く血飛沫が上がり、悲鳴があがった。
ザマーミロ
俺は上気した頬で自宅の塀に向き直り、呑気に野垂れ死んでいる骸の肩の辺りに高速回転するノコギリの歯をあてた。
バリバリバリバリバリ
黒い巨体の左腕が飛んだ。後ずさりしつつもしぶとく残っていた野次馬数名が、その丸太のように太い腕の下敷きになって潰れた。あはは。
バリバリバリバリバリ
右腕も飛んだ。野次馬はかなり後退して距離をとっていたから落下する腕の直撃は免れたものの、勢いよく転がったそれに数名が跳ね飛ばされ吹っ飛んだ。頭から地面に叩きつけられた野次馬の首があり得ない角度にひん曲がるのを横目で捕え、俺は鼻を鳴らした。
両腕を失ったそいつの首を落とすべくチェーンソーを水平に構えた時、そいつがかっと目を見開いた。黄色い瞳の真ん中に、縦に細長い瞳孔が走っている。
まだ生きていた!
そいつは怒りの咆哮をあげた。あまりの大音量に、俺も、遠巻きにしつこく残っている野次馬も思わず耳を手で覆った。
そいつはゆっくりと立ち上がり、両肩を揺すった。恐らく、怒りの表現として逞しく盛り上がった胸を打ち鳴らしたかったのだろう。しかし、そうするための両腕がない。それに気づいた怪物は、一層激しく両肩を揺すった。切り口から勢いよくほとばしる血を頭から浴びた者は「熱っ」と叫んでドロドロに融けた。
二本の脚で立ち上がったフルサイズのそいつのスケールに恐れをなして、図々しい野次馬どもが蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。いい気味だ。怪物は巨体を揺すって、雄叫びを上げた。びりびりと空気が振動するほどの大音量だ。
しかも、それだけではない。怪物の大きく開いた口――ギザギザに尖った歯が並んでいる――の奥に、青白い光が灯った。それは瞬く間に大きくなり化物の口内一杯に広がったと思うと、禍々しい光線となって放出された。
怒り狂った怪物は、青白い光線を吐き出しながら、頭を振る。生き物のように動き回る光線を浴びた者の体は、一瞬にして蒸発した。ざまあ。
光線はかなり遠方まで延び、その破壊力は凄まじかった。人だけではなく、その光線を浴びた建物や車もことごとく破壊され、辺りは焦げ臭い臭いが充満し、あちこちで黒煙や炎が上がっているのが見えた。生きている人間、まだ動ける者は、我先にと逃げ惑う。阿鼻叫喚とはこういう光景のことだろう。
俺は呆然と怪物の傍らに立ち尽くしていた。まだチェーンソーを手に持ち、電源が入ったままであることに気が付いた。俺はスイッチをオフにした。
VVVVVVVという騒々しい空気の振動が停止し急に静かになったせいで、かえって怪物の注意をひいてしまったようだ。黄色い目玉がぎょろりとこちらを見下ろした。
終わった、と俺は思い、脳内ではこれまでの思い出が走馬灯のように流れ始めた。抵抗する気はなかった。どうせ無駄だ。
だが怪物は、ふいと顔を逸らすと、のしのしと瓦礫と化した街の方へ歩き始めた。両腕を失った状態ではバランスをとるのが難しいのか、少しふらついている。
助かった
そう思った時、ゴ●ラの尻から伸びる長い尾っぽが鞭のようにしなり、俺は一瞬で叩き潰されていた。
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