第58話 頭に包丁が刺さったので

 あ、もしもし。俺だけど。


 うん。ごめんな、こんな夜中に。寝てた――よね。声でわかる。ごめん。


 明日も仕事、だよなあ。

 

 ほんとごめん。でも、今でないとダメなんだ。


 あ、心配しないで。別に思いつめてなんかいないから。俺は、大丈夫だよ。


 ほんとだって。誓って言うけど、これから自殺しようとか、そういうことじゃないんだ。俺がそんなタイプに見える? 俺は生きていたい。生きていたいんだよ!

 あ、ごめん。大きな声出して。ただ、ちょっと話を聞いてほしいだけなんだ。もう二度とこんなことしないから、頼むよ。


 心配してくれてありがとう。俺さあ、中学の頃から、お前のこと好きだったんだ。でも、お前には他に付き合ってた奴がいたし、今まで言えなかった。


 なんで今、って。


 単純に、勇気がなかったんだ。ふられて気まずくなったら、会えなくなるだろ。俺、お前が幸せそうににこにこ笑っている側に居たかったんだ。友達でもいいから。


 おい、泣くなよ。

 泣くほど嫌なのか。それはいくらなんでも、ひどいだろう。


 ――え。待ってたの。ずっと? いやいやいや、困ったな。


 いや、誤解しないでほしいんだ。嬉しいよ。滅茶苦茶嬉しい。嬉しすぎて死にそう――いや、なんでもない。ただスマホが手から滑り落ちそうになっただけだ。


 なんでそんながっかりした声出すのって、そりゃあ、お前……


 え、駄目だよ。夜中だぞ。危ないだろ、女の子が一人で出歩いたら。もう終電終わってるからな。


 駄目だって! 絶対に駄目だ! タクシーを捕まえる前に、いかれた男に襲われるかもしれないだろうが! いいよ、会いに来なくて。来るなよ!


 だから、泣くなよ。

 頼むよ。俺まで泣きたくなるだろ。俺は、最期にお前の声を聞いていたいんだ。

 いや、最期っていうのは、単なる言葉の綾だ。


 じゃあなんで突然電話してきたの、って


 それは、つまり、あれだ、やっぱり思い残すことがないようにって


 だがらさ、俺は死にたくなんかないっての。十年来の片思いがようやく実ったってのに、なんでそんな馬鹿なことを。


 頼むから、泣かないでくれよ。

 言っただろ、俺は、お前には幸せそうにいつもにこにこしていてほしいんだよ。頼むよ。


 あ―――、デート、な。


 も、勿論だよ。行きたいよ、デート。うわあ、デートかあ。あ


 いや、なんでもない、なんでもない。ほんと。あのさ、それ、今度会った時に話し合おうよ。な?


 いや、今度いつ会えるかって―……


 は、花火大会。

 いや、花火大会、一緒に行ったことあっただろ。中学の時。他の奴らと一緒に。スゲー人でさ、俺とお前だけはぐれちゃったことあったじゃん。あの時、俺スゲー幸せだったなあ。まるでデートしてるみたいだったじゃん。お前、浴衣着て、可愛かったなあ。あは。俺、花火全然見てなかったわ。


 え、なんで過去の話なんかするのかって?


 それは、お前、あれだ、そのう、なんかさ、今日に限って色々思い出されてくるんだよ。走馬灯みたいに。で、俺の幸せな思い出の中には、かなりの高確率でお前が居るっていう。


 え、今? アパートの近くだよ。バイト終わって、コンビに寄って帰る途中で、ちょっと電柱にもたれて一休み。


 は。


 いやだから、来なくていいって。夜中だから。危ないから。男でも襲われたりするんだぞ、突然。デカい包丁振りかざした奴がいきなり。あるんだよ、そういうこと。だからお前、絶対来るなってマジで。


 ん。様子がおかしい――かな? んんーと、まあ。それはさ、あ


(救急車のサイレン、近づいて来る)


 もう切らなきゃ。あのさ、最期にもう一回、好きって言ってくれないかな。頼む。頼むよ!


 あーーーー…


 ありがとう。俺も、大好きだから。ごめんな、夜中に起こしちゃって。ごめん。本当にごめん。

 もう切るな。うん。お前は、幸せに長生きしてくれよな。じゃあ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る