第26話 時計花

 ここは時計花農園。


 広大な敷地の、なだらかに隆起する丘一面に時計の花が咲き誇っている。花畑の一輪一輪が、時計なのである。向日葵の種の部分が時計の文字盤になっている、と想像してみるとわかりやすい。腕時計ほどの大きさの文字盤を中心として、その周辺を取り巻く花びらの色は、うっすらと赤みがかった白だが、太陽の光を反射すると、淡い虹色に輝く。垂直に伸びる細い茎に支えられたこの植物は、六十センチほどの高さまで成長する。


 時計花農園は一般には公開されていない。


 以前、一度だけ見学ツアーを敢行したことがあったが、その際、「決して花には触れないように」という農園職員からの厳重注意が、不幸にも順守されなかった。


 それは、小学生の男の子の、ちょっとしたいたずらだった。彼は両親や他のツアー客たちが行儀よく花畑の端から二メートルほど離れた位置に留まり、穏やかな風にそよいで七色の光を発する時計花に見とれて夢中で写真を撮っている隙に、さっと前に進み出た。


「あっ、ダメダメ、触らないで!」

 と職員から厳しい声が飛んだが、遅かった。


 男の子がそっと伸ばした手が時計花の花びらに触れた途端、ころんと首が落ちるみたいに、茎から外れた花が地面に落っこちた。


「大変だ」

 職員は真っ青な顔で言った。

「もう、取り返しがつかない。大変なことをしてくれた。今ので、どこかの誰かの、命の時間が、終わってしまったんだ」


  カッチ   

     コッチ   


 カッチ

    カッカッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ……


 さっきまでは全然気にならなかった時計花畑からカチコチと聞こえてくる音が、急に大きくなった気がした。


 見学は直ちに中止となり、男の子は泣きながら両親に手を引かれて帰って行ったし、他の招待客も皆首をすくめ、追い立てられるように農園を後にした。


 それ以降、時計花農園が一般に公開されることはなくなったという。

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