第29話 目には目

 死刑執行の日、俺は久しぶりにヤマグチ夫妻と対面した。二人ともまだ四十代の初めのはずなのに、十歳は老けて見えた。無理もない。彼らの一人娘ユカを死に至らしめた犯人タカダが、今日これからその罪の報いを受ける。しかし、タカダのような鬼畜をこの世から葬り去っても、ユカは戻って来ないのだ。少なくとも、今日を境に彼らの悪夢が終わるなんてことは、絶対にない。


 だから、深々と俺に頭を下げる夫妻に、俺は無駄だとわかっていながら言わずにはいられない。


「悪いことは言わない。こんな男の死に様を見届ける必要はないんだ」


 だが二人は暗い顔で首を横に振った。



 ぶ厚いガラスで仕切られた向こう側の部屋に、怯えた目をした死刑囚と、その横に恐ろしく背が高く太った男が立っている。


「それでは、ご説明させていただきます」とこちら側に立っているスーツ姿の白手袋の男が切り出した。


 ガラスの前に用意された椅子には、ヤマグチ夫妻と、事件の担当刑事だった俺、更に他数名の関係者や責任者が着席している。いよいよ死刑の執行だ。加害者側の関係者は誰もいない。当然だ。少しでも加害者に情が残っていれば、こんなもの見られるはずがない。


 白手袋の男は、慣れた様子で淡々と手順を説明する。


「死刑囚は身長168センチ、体重78キロです。被害者は身長138センチ、体重32キロでした。死刑囚の身長は被害者の約1.2倍。体重は約2.5倍です。死刑の執行は『目には目を』方式と決定しましたので、刑の執行役として、身長205センチ、体重190キロの男性型ロボットを用意しました。このロボットは、死刑囚が被害者を死に至らしめるまでに行った行為を再現します。ですから」


 ここで言葉を切った白手袋の男の眉間に皺が寄ったので、初めてこの男が生身の人間であることがわかった。しかし、男はプロらしく感情を抑制し、先を続ける。


「ですから、ご両親の立ち合いは、とにかくお勧めできません。この部屋からは、いつでもご退出いただいて構いません。自力での移動が困難な場合は、私と、もう一名女性職員がおりますので、介助させていただきます」


 壁際に立っていたスーツ姿で白い手袋をした女性が、ヤマグチ夫妻に向けて会釈した。


「何かご質問はございますでしょうか」


 ユカの父親が首を横に振った。白手袋の男は頷くと、手に持っていた端末のボタンを押した。


 ガラスの向こう側で、今や見苦しい顔で泣き出した死刑囚の横に立っていた巨漢が、静かに動き出した。パッと見は生身の人間と見分けがつかないアンドロイドだが、わざと無表情で少々ぎこちなく動くように造られている。このような場合には、それが相手の恐怖を増幅させる役割を担う。


「やめてくれ、お願いだ」


 アンドロイドの有無をいわさぬ丸太のような腕にタカダは抱きすくめられていた。全力でもがき暴れているが、あの体格差だ、勝てるわけがない。そう、丁度十歳になったばかりの非力な女児が、中背で小太りな成人男性の暴力の前に成す術がなかったように。


 アンドロイドが無表情なままタカダの薄くなった髪を撫でまわし、長い舌を出して頬を流れ落ちる涙を舐めとった時、俺は思わず目を逸らした。虫唾の走る光景だ。今や乱暴に床に押し倒され上にのしかかられたタカダは尚も抵抗を試みるが、体格差は歴然としており、弱々しい。苦悶の表情は、あばらが折れたせいかもしれない。アンドロイドは死刑囚の顔面を拳で殴りつけると、噴き出した鼻血には目もくれず、シャツを引き裂いた。


 体重が二倍以上ある巨漢に、両手でじわじわ首を絞められて殺害される、それがこの男を待ち受ける運命だ。しかし、そこに至るまでに長い工程があることを、奴の自供を聞いた俺は知っている。勿論、被害者の両親も。


 やめて痛いやめてと甲高い悲鳴を上げ続けるタカダには何の哀れみも感じない。だが、被害者が、子供がこんな目に遭わされたのだと改めて思い知ることは、正直この種の死刑に何度立ち合っても慣れるものではない。


 ユカの母親が嘔吐した。げえげえ吐き続ける彼女に白手袋の女性職員が素早く駆け寄り、抱き抱えて部屋から連れ出した。男性職員の方がユカの父親に何か耳打ちしたが、父親は首を横に振り、歯をくいしばってガラス越しに起きている光景を見つめている。


 このような『目には目を』方式は残酷過ぎるという批判は根強い。だが、そういう連中ほど、この光景を見てみるがいい、と俺は思う。


 十歳の女の子にこんなことをした輩に対し、ほぼ一瞬で済むような生易しい殺し方でいいわけがないだろう。


 剥ぎ取られた下着を口に詰め込まれたタカダは静かになっていた。ユカの父親の体がぐらりと揺れ、前のめりに倒れた。俺は男性職員よりも素早く父親に駆け寄り、意識を失った彼の体を抱えて部屋を出た。


 正直、心の底からほっとしていた。後のことは全部、汚れた部屋の掃除も含めて、感情を持たないアンドロイドに任せておけばよい。

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