少量奇譚集

河原日羽

効率的な嫉妬

誰が敵か味方かもわからない、この効率的な競争社会では、嫉妬だって効率的にやらなきゃだめだ。

効率的に物事を進めるためには、計画を立てて、実行し、反省し、また次の計画に活かす―これを幾度も繰り返すことだ。


僕が「嫉妬を始めた」のは小学2年生のときだった。

隣の席の男の子が、学校に最新式のシャープペンシルを持ち込んでいたのだ。


「なるほど」と先生は言い、黒板に大きく”最新式のシャープペンシル、嫉妬”と書いた。

「さて、ここからどれほど短時間で嫉妬を増やせるか?これが、皆さんのこれからの人生に大事な力になってきます。

嫉妬は人生の強力なエネルギー、重要な起爆剤なのです。さて、最新式のシャープペンシルがうらやましいとき、皆さんはどうしますか?」

先生はぐるりと教室を見渡した。


「お家の人にお願いして、僕も買ってもらいます」と僕は答えた。先生はきっぱりと首をふった。

「それでは嫉妬の炎がすぐに消えてしまいます。……はい、どうぞ」

隣の席の男の子がはい、と言った。


「その場合、僕は絶対にシャープペンシルを買いません。その代わり、最新式の消しゴムを買ってもらいます」


「素晴らしい!その通りです。

……消しゴムを買ってもらったのを見れば、それをうらやましいと思う生徒が出るでしょう。そして、それ以外のものを用意し、またそれをうらやましいと思う生徒が出る

……嫉妬の環は巡り巡って、自分にいずれ返ってきます。そして、そのときには皆さんの文房具はほとんど最新のものになっているはずです」


先生はにっこりと笑った。

「これが世界を動かす力、皆さんが幸せになる方法なのです」


先生は黒板に細かくまとめのメモを書き始めた。

僕がノートに板書を写そうとすると、隣の男の子がちょいと僕を小突いた。


「ね、シャーペンしばらく貸すからさ、仲良くしようぜ」

僕はびっくりして、小声で返事した。

「でも、それじゃあ嫉妬の炎が消えちゃうんだって」


男の子はにっと笑った。

「俺たちがひとつずついいシャーペンや消しゴム持って、それをみんなが使えたら、もっと良いと思わないか?」

そしてノートに”最新式のシャープペンシル、友達”と書いた。


僕はちょっと合わせるように笑って、そして下を向いてしまった。

こんな良い奴に敵うわけがない。


僕が「嫉妬を始めた」のはその時だったのだ。

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