第26話 砦の医務官

僕が目を開けるとそこには誰も居なかった。天幕の中は薄暗くて僕は時間の感覚を失っていた。


ベッドを降りようと起き上がるとサラリとした上品なローブを身につけていた。

一瞬でそのローブの持ち主を思い出し、ついでに昨日の焼けつくような自分の痴態を思い起こして僕はベッドの上でのたうち回った。


クスクスと笑い声が聞こえて、ハッと入り口を見るとそこには困った顔のフォーカス様と時々見かけるこの砦の医務官が立っていた。



フォーカス様に促されて部屋に入ってきた医務官は咳払いすると、僕に話しかけた。


「よく眠れたようだね。身体に何か気になるところはないかい?」


そう言いながら僕を仰向けに寝かせるとローブを開いた。

医務官は手を止めて、ぎこちなくフォーカス様の方を見ると顔を顰めて言った。


「ジュリアン、これは無いんじゃない?倒れたばかりだというのに無体な仕打ちだよ。」



不思議に思った僕はフォーカス様をジュリアンと呼んだ医務官の視線をたどった。


ローブが開かれた僕の胸や腹には沢山の赤い跡がついていた。

僕は咄嗟に医務官からローブを奪い取ると身体に巻きつけて身体を丸めて言った。


「すみません!変なものお見せしちゃって。これは…虫に刺されたんです。…たぶん。」



医務官は堪えきれないように声を振るわせて、僕の身体を仰向けに直しながら言った。


「ふ、ふふ。随分大きな虫だったに違いないよ。その虫は銀色に光っていただろ?」


「ルカ、もうシンを揶揄うのはやめて診察しろ。…元気そうだが、昨日は危なかったのは確かだ。」


フォーカス様は自分で言ってて気まずくなったのか最後の方は声が小さくなった。



「はいはい。シン君に聞いてみないと分からない事も多そうだしね。」


そう言うと僕の身体を慣れた手つきで診察した。

そしておもむろに眼鏡を取り出し掛けると僕をじろじろと見た。


「ふーむ。昨日のジュリアンが魔法循環した魔力の名残もあるし、まぁ虫の名残もあからさまだし?

ただ、シン君の臍から白く立ち上がった魔力はどこにもないな。

結局あの魔力については分からず仕舞いだ。」


僕は何だか色々恥ずかしい事や、知らない事を一度に言われた気がして戸惑っていた。



フォーカス様が戸惑う僕の顔をじっと見つめると、ため息をはいてルカと呼ばれる医務官に言った。


「ルカ、シンは昨日馬上で意識を失った事しか知らない。」


「…ルカ様?」



フォーカス様は僕に微笑むと、医務官を指差した。


「シン、こいつはこの砦の医務官で、ついでに言うと私の腐れ縁だ。」






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