第12話 シンの喜びと苦悩
シンが得意な弓を引ける事に喜んでいるのは分かっていた。
私は兵士長に腕の立つものにシンの指導をさせる様に指示すると奥に控えて眺めていた。
シンはいつものようにていねいな所作で二人に相対していた。シンは誰にでも丁寧で親切だ。
さすがは兵士長が選んだだけあって、兵士の弓は抜群の腕前だった。今度名前を聞いておかなければな。
シンは感動した様子で二人と話していたが、急に兵士の腕を触りたいと言い始めた。
この世界では迂闊に他人に触るのは閨に誘っているのと一緒だ。
シンにその気がないのは分かっていたが、兵士長たちが動揺しているので私から合図を出して許可をした。
熱心に兵士の腕を触っていたシンが、兵士の上半身をも撫でさすり出した。これはマズイ。
私はそろそろシンを止めようと歩き始めた。
シンは挙げ句の果てに私に向かって兵士の裸が見たいと言い始める始末だ。
私は後でお仕置きだなと思いながら、少々不機嫌になっていたに違いない。
何かを感じたのか、私の顔を覗き込みながらシンが矢を射かけたいと懇願してきた。私はシンのこの顔に弱いのだ。
シンの弓引きは何度見ても美しい。普段の所作の美しさがもしかするとここから出てるのかもしれない。
無駄な力も入っておらず、的に吸い込まれるように矢が飛んでいく様は見事だ。
そして気づいてる者がいるかはわからないが、相変わらず何かの魔法を載せている。
何本か射ち放って喜ぶシンに、兵士が声をかけた瞬間、急にシンの顔が曇ってしまった。
その顔は恐怖と動揺が見え隠れしていて、急遽私はシンを連れ帰った。
幕内でシンは、自分の射る矢で人を殺してしまうと泣き濡れた。
戦の無い平和な世界から飛ばされてきたシンにとっては、耐え難い事なんだろう。
私には戦がない世界の方が想像できないが、純粋で真っ直ぐなシンを見ていると少しわかる気がした。
『あるじの私を守るために矢を射るのだ。殺すためでは無い』と説得したが、所詮詭弁だ。
それは聡いシンにも分かっていただろうが、この世界で生きていく為には必要な事だったろう。
私はシンを慰めるように、傷んだ心が癒されるように柔らかく口づけた。
シンの唇は涙に濡れて少し塩辛く感じた。
涙で潤んだ黒く輝く瞳で私を見つめたシンは、私の腕を強く掴みながら言った。
「フォーカス様、どうか閨の魔法をかけないで下さい。
今日だけはこの世界が現実だって事を、自分の身体で感じたいんです。
お願いします。」
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