イ・マ・ヲ・イ・キ・ル

九里須 大

case1 余命 「序」

 

 この年齢までなると、死への恐怖はほとんどない。

 まして生への執着もない。

 あるのは、残された家族に迷惑をかけずに生き、そして死ぬこと。


 十年前、夫を病気で亡くしてから、年に一度健康診断を受けていた。毎年病院の先生に太鼓判を押されていた。そのせいか自分は病気にならない、健康だ、と過信していた。

 実際、日々の生活に何の問題も無かった。

 二人いる息子達はそれぞれ家庭を持ち独立して、今はひとり暮らしだが、十分やっていた。

 ここ二,三年健康診断を受けなかった。たまには受けておこうか、そんな軽い気持ちで久しぶりに病院へ行った。

 後日、結果が郵送で届き、再検査が必要だと書かれていた。いつもの病院へ行くと紹介状を渡された。

 念のため、大きな病院で検査して下さい。そう言われた。


 最寄りの駅から、電車で三十分のところにある大学病院で検査をしてもらった。

 今日は結果を聞きに来た。

 家族の方も一緒に、といわれたが、息子達に迷惑かけまいと連絡しなかった。

 連絡しなくて良かった。

 大変残念ですが、と余命宣告をされた。


 病院の食堂で遅い昼食を食べていた。

 不思議なものだ。こんな時でも腹が減る。注文した定食は残さず食べた。


 この街には長男が住んでいる。平日のこの時間、共働きの夫婦は家にいない。高校生になった孫達は帰っているかもしれない。ちょっと顔を見に寄っていくか、と思ったが、少しためらった。

 孫達が小学生の頃は、長い休みの時など泊まりでよく家に来てくれた。畑仕事を手伝ってくれたり、虫取りや釣りを楽しんだり。

 息子達もひとり暮らしを心配して、月に一度は顔を出してくれた。

 電車で一時間もあれば来れるんだから、しょっちゅう来なくていいよ。

 そんな事を言った気がする。

 孫達が中学、高校になると、パタリと来なくなった。

 勉強で忙しい。 仕事で忙しい。

 実際本当に忙しいのだろうが、顔を見るのは、おとし玉を渡すお正月だけになった。


 病院を出た。

 何となくこのまま帰りたくなかったので、ひと駅分歩くことにした。

 国道まで行って、歩道橋を登った。

 あと数段で登りきる、その時だった。

 不意に強風が吹き、上体が後ろ向きに傾いだ。

 あっ、倒れる

 ゆっくりだが確実に転落していった。

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