夏、夢の如く、秋に流る、二度と惑わず
花山至
嗚呼、この一生涯
炎天の空は私を祝福しない。
ふらりふらり、ゆらゆらと。当てもなく歩き続けている。もう何里歩いたか知れない。
途中立ち寄った休憩所で折り返し迄来たと言う事は聞いた。
だが、私の足はもう動かない。一歩も歩ける気がしない。
いやだ、疲れた、もういい。こんなにつらい思いをしたところで、死に行くときは何一つ天上に持っていけはしない。
灼熱に焼かれた径に倒れ込む。辺りに広がるのは豊かな緑と喉を焼く熱気だ。この中で、私は後何里歩を進めればいい。
分からない、分からない。
誰も教えてくれなかったから。
歩いてきた道は一本道で、曲がりくねりはしているものの、歩いている最中は誰とも交わらなかった。
歩き始めた当初には点在していた澄み渡る様な水辺も、進むにつれて数を減らしていった。
少なくなったのは水辺だけではない。歩く程に澄みは濁り、水量も無く、質すら落ちていった。
しかしそんな水でも飲まねば体は枯れていく。だから決して美味とは言えない水なれど、発見すれば都度浴びるようにその水を飲み干している。
どんなに濁った水だろうと、量が少なかろうと潤いを知れば、どうしてか更に渇いた気になった。
そんな私を嘲る様に、何時からだろうか、濁り凝る水辺でさえ、私の目の前に現れなくなった。
暑い熱い、喉が焼ける。
満たされない。何だこの渇きは。
じりじりと焼け付くように陽が照り付ける。
ここで私は絶えるのか。何も成さずに絶えるのか。
それはいやだ。もっといやだ。
ならば渇いたままでいい。そのまま当てのない旅を続けたい。
何時か来る終着地点がこんな何でもない道ばたでは笑えない。
一呼吸毎に熱気が喉を焼く。それを最も深く吸い込んで、最も深く吐き出した。
此処で絶えれば楽なものを、と憂慮する部分に素知らぬ振りをして、奥歯を噛み締めた。
二本の足で行けぬなら、這っていけばいい。歩き方などそれぞれだ。渇いた地面に爪を立て腕の力で進んでいく。
懸命に私は進んだ。来ているものは砂埃が絡み、詰めの間には土がこびり付いた。昔を思えば随分と泥臭くなった。
そうして進んだ道の先、何処にもなかった分かれ径が目前に現れた。
天から垂らされた蜘蛛の糸の様にまっすぐ伸びているわけではない。寧ろそれに群がる地獄の民の様にか細い小径が、一本径に不自然にくっついていた。まるで足されたかのような、例えるならば林檎の接ぎ木だ。
正に光明と思えた。
きっと好い方へ終着地が変わったのだ。
何故かは知らないが変えられたのだ。
今迄の疲れが嘘の様に私の心は軽やかになった。当てもない旅の終わりが、見え始めたのだ。
その小径へ手を付けようと這う這うの体で右手を其方に向け、私は停まった。
今迄歩いてきたのは獣道では無かった。整備され何処までも広がる砂塵の径であった。当然、岩の一つ、石の一つ有りはしなかった。
光明は潰えた気がした。
私は果たして地獄の民だったろうか。
私の目の前には宝石の様に光もしない、子供にすら手に取ってもらえないような石ころが転がっていた。道を大して塞いでいる訳ではない。取り除けば直ぐにでも径を進める。けれど、まるで転べと言わんばかりに径の真ん中を陣取っていた。
本当にこの醜い径は私の光明なのだろうか。この径を進み、私は幸せな終着地迄の道順を辿れるだろうか。
直ぐそちらの、本当の私の径を見やればどこまでも平らかで広々とした、木と同じで根幹があった。舞い踊る砂埃など問題ではない。
立ちはだかるものなど有りはしない。私が辿ってきた径の先。
ふと、後ろを振り返った。真っ直ぐではないけれど、太く平らかで歩きやすい径が広がっていた。私の径だ。
そして、また石ころに目を戻した。先に広がるは整備の成っていない、かつ先細りした弱い径だ。
一瞬でもそれが光明に見えた自分を恥じた。終わりへの渇望で目が眩んだのだ。
そんな私へ、この石はきっと最後の情けだ。
まるで目印の様なこの石を無視してこの径を行けば、私は滅びるだろう。
それに、這って迄先を行きたい径はこんな先細りした接ぎ木じゃない。
私が懸命に形振り構わず歩みたいと思うのは私らしいあの径だ。
立ち止まっている場合ではない。
終着地はもう直ぐそこまで迫っている。
私は元の径に戻った。
小鹿の様な足取りになったが、再度両の足で踏ん張った。
使い過ぎた腕よりは役に立ちそうだ。軽快さは無く、ただ必死に一歩、また一歩と径を進む。
ふとあの径はどこまで続くだろうかと彼方に目を向けた。
其処にはもう径の残骸すら有りはしなかった。
爛々と輝く炎天の主は、気付けば雲と戯れていた。
私の秋、不惑はもう直ぐそこまで来ている。
夏、夢の如く、秋に流る、二度と惑わず 花山至 @ITSKR
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