第10話

帰り道。



いつもの三倍以上もの時間をかけて家に帰った。歩いては、立ち止まり。また歩いては、立ち止まり。その繰り返し。

後ろを歩いていた人が、追い抜く瞬間、変人でも見るような目で僕を見ていた。



 自分が、人間とは違う別の生物に変わったような錯覚。その気持ちの悪さは、家に帰っても全然消えなかった。





「ただいま……………」





「おっ! お帰り。随分遅いな、今日は。可愛い娘とデートでもしてたかな」





ちょうど、出勤前の父さんが靴を履いているところだった。父さんは、少し特殊な仕事をしている。ビシッとした黒のスーツとピカピカの革靴。サングラスをかけたその姿は、ヤ○ザのようだ。





「夕飯は、いつものように用意してあるから自分で温めて食べてくれ。寝る時は、部屋の電気を消したかチェックしてな」





「うん。分かってる。気をつけてね、父さん」





 父さんが、心配するかもしれない。平静を装った。それでも勘の良い父さんは、そんなわずかな僕の違和感を見逃さない。





「どうした? 何かあったのか」





 父さんは、僕の肩に手を触れようとした。





「っ!」




その手から逃げるように家の中に入った。廊下で振り返る。





「なんでもないよ。そんなことより早くしないとお店の開店に間に合わなくなるよ。マミ姉さん待たせたら大変でしょ?」





「おう、そうだった。アイツは、時間にはうるせぇからな。行ってくる。何かあったら、メールなり電話をしろよ。店の方でもいいからさ」





「うん」





 父さんは、勢い良くドアを開けると颯爽と出て行った。僕とは違い、足も長く顔も日本人離れしており、映画スターのようにカッコ良い。父さんの良さは、僕に何一つ遺伝していない。悲しい現実だ。





 父さんは、駅ビルの四階でオカマバーをひっそりと経営している。もう店を開いてから五年になる。一部の熱狂的な客が毎日のように通ってくるらしい。僕も何度か店に行ったことがあるが、お店で働いている人は、皆良い人で僕を歓迎してくれる。ただ、テンションが高すぎるのとたまに出る男の部分に戸惑うこともある。





 父さんが作ってくれた甘過ぎるカレー(僕をまだ小さい子供だと思っているらしい)をお笑い番組を見ながらゆっくりと食べた。自分の好きな芸人がネタを演じている間、全く別のことを考えていた。霊華が、去り際に放った一言。その言葉が、しこりのように僕の中で消えずに残っていた。





「くそっ……なんでだよ」


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