第46話 なにも感じない

「あいつは有名な冒険者らしい。『破壊王』ってギフトを持ってるらしいぞ……すごいよな」


 アレンが小声で教えてくれる。

 名前からして強そうなギフトだ。私は聖職者系以外のギフトには明るくないけど、見るからに直接戦闘向けだよね。


 ニコラハムは武器も持たずスケルトンを爆散させていく。恐ろしい戦闘能力だ。殲滅速度だけで言えば、レイニーさんにも引けを取らない。


「俺たちも戦おう」


 アレンが意気込んで聖別された剣を両手で握る。

 私は遠距離攻撃を得意とするメイジスケルトンやスケルトンアーチャーを中心に、ホーリーレイで倒していく。アンデットは味方に当たるのも気にせず矢やファイアーボール


 戦況は人間側が優勢だけど、それはまだ低位の魔物しか相手していないからだ。スケルトンソルジャーやゾンビくらいなら、前回の兵士でも相手できたのだ。問題はこれから。


 私と同じランクD。そこから戦闘力が跳ね上がる。


「エアアーマーだ! 気を付けろ!」


 どこからか声が上がり、兵士たちに緊張感が走った。

 スケルトンたちを押しのけて、奥からエアアーマーが大剣をぐるぐると振り回しながら進み出てきたのだ。突然の出来事に反応の遅れた兵士が一人、対峙していたスケルトンごと切り裂かれた。


「エリック!!」


 カールが鬼気迫る表情でエアアーマーに切りかかった。

 彼はギフトこそ持たないものの、類まれな剣の才能を持ち孤児から隊長にまでなった人だ。ギフトがないからスキルも魔力も使えないけど、剣術だけなら兵士の中でもトップクラスである。聖属性が付与された長剣を握れば、そこらの魔物なら一太刀で沈む。


「くッ!」


 だが、相手が悪かった。エアアーマーは物理的な戦闘に特化したDランクの魔物だ。

 身の丈以上の大剣と動きづらそうな全身鎧に似つかわしい素早い反応で、カールと剣を受け止めた。カールは半歩下がって横薙ぎに振るうが、最小限の動きで全てはじき返される。それから数合、常人離れした剣戟が繰り広げた。


(ヒー……)


 エアアーマーに斬られた兵士に回復魔法をかけようとして――やめた。

 魂がもうない。レイスになった私は、意識せずともそれを知覚できた。つまり、もう息絶えたということだ。


 これは戦争で、ある程度犠牲が出るのは当然だ。前回も、街への侵攻は無傷で抑えたけど付近の農村がいくつか蹂躙されたと聞く。魔物によって人間が死ぬのは、よくあることだ。


 でも、目の前で人が死ぬところを見るのは初めてだった。肩から胸に掛けて切り離された兵士の身体が地面に沈み、血がにじみ出ている。誰が見ても助からない状況だ。

 なにより驚いたのは……。


(なに、も、感じない)


 心が少しも痛まなかったことだ。


「セレナ! ぼーっとするな!!」


 アレンの声で現実に引き戻された。慌てて、私に狙いを定めていたメイジスケルトンにホーリーレイを放つ。

 寸分たがわず眉間を撃ち抜き、聖魔力で強制的に浄化した。


「つらいなら下がってろ」


「あ、はは」


 アレンは戦う力をほとんど持たないのに、毅然と立っている。地平線まで続く魔物たちを前にしても一切怯まず、ただ目の前の敵を倒して街を守ることだけを考えているのだ。


 彼の愚直な背中が眩しくて、憧れる。私は首を横に振って、アレンの隣に並んだ。


 最近いろいろありすぎて、心が追いついていないだけだ。死者を悼むのは勝ってからにしよう。


 目を走らせてカールの姿を探すと、彼が足止めしたエアアーマーを『破壊王』ニコラハムが殴り倒すところだった。彼のスキルの前では、物理と魔法ともに高い耐性を持つエアアーマーすら鉄くずと化す。


「にひひ、なかなか強敵っすね」


 汗一つ掻かず飄々と言ってのけた。

 でも、エアアーマーは一体ではない。さっき見た時は十体くらいいた。私が倒さないと……。


「おいニコラ、てめぇ俺の獲物まで奪うんじゃねえよ」


「そうよぉ。せっかく楽しくなったところなんだからぁ」


 カチャカチャ、と魂の抜けた鎧が地面に転がってぶつかる音が響いた。他の冒険者たちだ。

 さすがはプロだ。兵士では太刀打ちできない相手を一人で、あるいは優れた連携で次々と打ち倒していく。


「にひひ、勝負っすよ」


 中にはゴーストの上位種、姿を消し背後から敵を屠るサイレントゴーストもいたけど、魔法系のギフトを持つ者によって容易く処理されていた。


 ゾンビの上位種でありDランクのグールは、再生能力を上回る速度で身体を破壊され、人間の倍ほどもある巨体を横たえた。やっぱりニコラハムは頭一つ抜けてるね。


「す、すげぇ」


 兵士たちが思わず手を止めて、冒険者の戦いを見やる。それだけ圧倒的な力だった。


 でも、魔物たちだってただやられているわけではなかった。

 エアアーマーなどの強力な魔物が前線に出張ってきたことで、明らかに殲滅速度が落ちている。


「総員、後退!」


 倒すのに時間がかかるDランクに冒険者が釘付けになり、魔物が溢れてきた。分断されて囲まれたら危険だ。


 指揮官の指示によって、高位冒険者を残して所定の位置まで下がっていく。殿を務めてくれた冒険者も、すぐに戻ってきた。

 陣形を整えるのだ。大丈夫、街まではまだ距離がある。


(この調子なら勝てそう!)


 私、全然活躍してないかも?


 数人が警戒に辺りながら、待機していた衛生兵と補給班の助けを借りて息を整える。あとから合流した援軍とともに、改めて陣形を組みなおした。


 二度目の衝突はすぐだ。ここらは街道も広く、周辺も障害物の少ない荒野である。街も近いので、なんとしてもここで殲滅しなければならない。

 相手もここを正念場だと感じているのだろう。その証拠に、先頭を駆ける大きな影があった。


「アンデットよ、我に続くが良い」


「カチャ!」


 馬の頭を持つ大男。槍に闇魔力を滾らせ、メズが正面に立った。

 その隣にいるのは、黄金の武具を纏うスケルトンだ。金属のような銀色の光沢を持つ骨で形成されたその魔物は、たぶんCランク。砦の門番を務めていた、高位の魔物である。


 軍勢の中でも最強の二体が、重い腰を上げた。

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