第3話:神の弱みに付け込むな!
「……どういう意味だ」
俺はピタッと、動きを止めた。
「ま、まずはそのおっかない鎌を、下ろしてくださいよ! ちゃんと話しますから!」
「……フンッ、まあ、いいだろう」
俺は大鎌を、ロッカーにしまう。男はホッとしていた。
「さぁ、説明してもらおうか」
「ですから、異世界で暴れている転生者を、僕たちで懲らしめに行くんですよ。おとなしくさせれば、異世界の神様も怒らないでしょ」
「ほぅ……」
なるほど、転生者を懲らしめるなんて、思いつかなかった。理由を説明すれば、異世界の神も自分の世界に入れてくれるだろう。
「どうですか? いい案でしょう?」
男は揉み手をしながら、ヘラヘラ笑っている。
(調子いいな、こいつ)
「お前の考えは、よくわかった。だが、そんなものは私一人で十分だ。お前を連れていく必要は、どこにもない」
転生者がいくら強くても、所詮は元人間だ。神である俺に、勝てるはずがない。それに、倒す必要まではなかった。ちょっと𠮟りつけるだけだ。
「何でそうなっちゃうんですか! 僕も連れてってくださいよ!」
「いくら駄々をこねてもダメだ。このクソ迷惑魂め」
(あとはこいつを、どうするかだが……)
俺はしばし考える。
「……神様って、さっきの天使さんのこと、好きですよね?」
唐突に、男は言った。
(……え?)
ドキンドキンドキン!!!
俺の心臓が、痛いほど強く脈打つ。気のせいか、息まで苦しくなってきた。もしかして男は、すでに
(だとしたらまずい! 俺の淡い恋心がバレて……いや、違う! こいつは、まだ力を得ていないはずだ!)
懸命に呼吸を整える。男はぼんやりと、こちらを見ていた。
(それなら、なぜわかったのだ。まさか……たったあれだけのやり取りで、イアドルちゃんへの気持ちを把握したというのか!? こ、こいつ……デキる!)
俺は男が、とんでもなく強い怪物に見えてきた。
(落ち着け、フレッシュ! 俺は完璧に、平常心だったじゃないか! 俺の気持ちはイアドルちゃんだって、気付いていないはずだ! いきなり来た奴が、わかるわけないだろ!)
深呼吸して、気を静めていく。
(いいか、フレッシュ? 冷静に否定するんだ)
「そそそそ、そんなわけないだろうが! お、俺は職務以外のことは、ま、まるで興味がないんだ! だ、第一、神は忙しいんだぞ! い、い、い、色恋沙汰なんかに怠けている暇が、あ、あると思うか!?」
俺は一息に言ってやった。男は、あっけに取られた顔をしている。当てが外れた、とでも言いたげだ。
(どうだ! お前ごときに、俺の気持ちがわかってたまるかってんだ!)
この恋は、絶対に知られてはいけない。今が最も、デリケートな状況だった。あのクソキモ呼び出し音のせいだ。告白したところで、フラれることは間違いない。
(まずは少しでも、好感度を高めないと……)
「じゃあ、嫌いなんですね。天使さんに伝えてきます」
男は迷いなく、イアドルちゃんのところに行こうとする。俺は大慌てで、引き留めた。
「ちょっと待てええええええええ!」
「はい? 何でしょうか? 天使さんのこと、嫌いなんですよね?」
「き、嫌いなわけないだろ!」
「じゃあ、好きなんですか?」
「そ、それは……」
「それは?」
男の圧力に負けて、俺史上最大の秘密を言ってしまいそうになる。だが、俺は寸でのところで押し留まった。
(こんな見ず知らずの男に、話してなるものか!)
「い、言えるわけないだろ!」
「わかりました。嫌いってことですね。天使さーーーん!?」
「コラ、やめろ!」
いつの間にか、男はドアに張り付いている。扉の向こうは、イアドルちゃんの仕事場だ。俺はもはや、絶体絶命だった。
「で? どうなんですか?」
男は勝ち誇ったような顔をしている。
(……クソっ! クソ、クソ、クソ、クソ!)
かつてないほどの屈辱感だった。
「好きです……」
俺は絞り出すように言う。赤ん坊天使の羽音より小さい声で、だ。
「なんだぁ~、やっぱりそうでしたかぁ~、もしやと思ったんですよねぇ~」
男は、ニヤニヤ笑っている。その表情を見て、俺はすぐにわかった。
「この野郎! ひっかけやがったな!」
「僕も一緒に連れていってくれるんなら、黙ってます」
あろうことか、神を脅してきやがった。こんなクソムカつく魂は、生まれて初めてだ。
「き、貴様……! 下手に出てれば、いい気になりやがって! もう許さねえ! 神を舐めるんじゃねえぞ!」
俺は神罰の準備をする。
(こいつを消し炭にしてやる!!!!!)
「天使さーーーん!?」
「わあああああああああああ!」
俺は大声で、男の声をかき消した。絶対に、イアドルちゃんに知られてはいけない。
「神様、良いんですか? そんな態度をとっちゃって」
ここまで来たら、嫌でも認めなければならない。この高度な心理的駆け引きは、完全に男が有利だった。
「くっ……この……!」
「で? どうするんですか?」
ギリギリギリ!!
俺は歯がすり減るほど、歯ぎしりをする。
(こんな……こんな奴に!)
「早くしないと、天使さん呼んじゃいますよ?」
俺は未だかつて、これほど悔しい思いをしたことはない。
「……異手世と言ったな。貴様の……」
「貴様の?」
「……同行を許可する」
「良く聞こえないなぁ~」
ビキビキビキ!!!
(クソッたれええええええええ!!!)
頭が沸騰するほど、この男が憎い。しかし、もうどうしようもなかった。俺はやけくそになって叫ぶ。
「同行を許可する、って言ってんだよ!!」
「やったー! これで俺も、異世界に行けるぞー!」
男は一人で、バンザイしまくっていた。俺は必死に、怒りを抑えつける。
(ちくしょう!!! だが、こうなったらしょうがねえ!!! 見てろよ、転生者のクソどもめ!!! 今からぶち殺しに行ってやるからな!!!)
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