土の聖女

プロローグ

 大雨が僕を打ち、冷たい風が僕を包み込む。

 吸血鬼は死人なので、体温とか言うものはないんだけどね。


「懐かしい」


「……ん」

 

 僕は隣に座っているミネルバに頷く。


「初めて会った日も、私と君はこうして夜空を眺めていた」

 

 無言。

 僕はミネルバの言葉に無言で答える。

 あの日は……僕の生涯で一番自分の消滅が近く、そして、恐怖した日だった。あまりいい記憶とは言い難い。


 あの日に。僕は育て親を失った。非人道的な実験を繰り返していたあの男は、終焉騎士団の逆鱗に触れ、あっさりとその生命を散らしたのだ。


 その時、当然のように僕も捕まったのだ。

 人工吸血鬼と思われる僕。前代未聞の存在である僕は、終焉騎士団の内部でも動揺が走ったそうだが、それでも吸血鬼を殺す。そこだけは変わらない。

 僕はまぁ、当たり前のように殺されかけた。

 死にそうになっていた僕を助けてくれたのがミネルバだったのだ。


「……私はまだ。悩んでいるんだ。君を助けるべき、だったのか」


「なら殺す?君に救われた命なのだから、別に構わない」

 

 僕を殺せば。ミネルバのレベルは大きく上昇するだろう。それもまた、なしな話じゃない。


「いや、そんなことをしない」


「……そう。なら、僕を助けて良かった。そう思ってもらえるように人類の守護者として僕の力を振るうよ」


「そう言ってくれると、嬉しい」

 

 僕の言葉を聞いて、いつも無表情なミネルバの表情に、微かな笑みが浮かんだ。


「あれから色々あった。……君は、変われたかい?」


「……」

 

 僕はその言葉に一瞬、詰まる。

 

「うん」

 

 そして、すぐに肯定の声を上げた。


「そうか、なら良かった」


 うん。ミネルバ。

 僕は……大きく変わったよ。


 僕は───── 


 自分が消滅することに何の躊躇も無くなったよ。


 恐怖していたあの時とは違ってね。

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