02
頬を叩かれる覚悟をしたのに、一向に衝撃は訪れない。
「き、桐ヶ崎さん……」
怯んだ声に、奈津はそっと目を開けた。そこに飛び込んできた光景は、父親の腕をガシッと掴んで止めている一人の青年の姿だった。
さらりとした前髪から覗く切れ長で二重の瞳は酷く冷ややかだ。だが鼻筋は通りとても綺麗で目を惹く容姿は、図らずも奈津をドキっとさせた。
「これは一体?」
「い、いえ、お見苦しいところを」
あれだけ虚勢を張っていた父親が一瞬にして怯む。それほどまでにこの青年の威圧感は凄まじいものがあった。
「初めまして。桐ヶ崎成臣と申します」
丁寧に挨拶する成臣は三つ揃えの洋服を着ており、上品でいて西洋の香りが漂う。
「あ、あの……」
奈津は拳を握り自分を奮い立たせ、結婚はしないと口を開きかけた時だった。先に成臣の薄い唇が開かれる。
「ずいぶんと威勢のいい方だ。俺と結婚はしたくないと?」
冷ややかな視線は奈津に向けられたものなのか父親に向けられたものなのか。桐ヶ崎は先程の奈津と父親のやり取りを聞いていたに違いない。奈津はぐっと言葉に詰まった。だが桐ヶ崎はふと視線を緩める。
「それは好都合だ。俺も結婚には乗り気ではない」
「え?」
予想外の言葉に思わずポカンとしてしまう。
「俺も見合い話は幾度となくもらい断ってきた。けれど結婚すればお互い煩わしい見合い話が今日で終わるのです。馴れ合う気がないのなら俺とあなたは利害が一致する。俺は仕事に集中できるし、あなたも自由に勉強したらいい。だから俺はあなたと結婚したい。悪くない話ではないか?」
「そ、そうかもしれませんけど、でもそんなことで結婚だなんて」
桐ヶ崎は奈津の耳元に口を寄せる。
「結婚なんて、仮初めですよ」
父親に聞こえないくらいの大きさで囁かれ、妙な背徳感に唾をごくりと飲んだ。
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