5


 ティータイムを終えた後、魔女は私たちを別室へと連れて行った。

 本当は私だけでよかったのだが、誰か一人見張りをつけるというアルベルトとの条件のもと私の身体中に染み込んでいるまじないの解読をすることを約束している。


「あの後、私も古いまじないの本を読み返し、黄金石の方を解読してみましたが、やはり対となっているあなたがいないと解読は完璧にはいかないようです」


 ギルダが差し出した古いまじないの本を見るが、何が書いてあるのか読むことすらできなかった。

 そんな私の考えを読み取ったのか「この本は、ラターク語の本ですから、少し難しいかもしれませんね」とギルダは本を元の位置に戻した。


「ラターク語ってなんですか?」


「フォルティス将軍はご存知でしょう?」


 ギルダの質問にフォルティス将軍は頷いた。


「マーレは、モレスタ王国というものをご存知ですか?」


 ギルダの質問に、私はリンデ夫人の授業を思い出しながら頷いた。


「元々、イージェス王国とモレスタ王国は一つの国だったのです。国は時代と共に分裂し、統合して、時折消滅したり復活したりしながら新しい国が生まれていきます。ラターク語は、イージェス語とモレスタ語の語源であると言われています」


 ギルダが、両手を挙げると空中に地図が浮き出して大きな大陸が私の視界に入ってきた。


「すごい……!」


 感動して眺めていると、ナタリア王国という文字が目に入った。

 大きな大陸の中で、ナタリア王国というのは小さな国だったのだと改めて思い知らされる。

 滅亡してしまったのは、仕方のないことだったのだろうか。


「ナタリア王国の滅亡は……誰もが予想できなかったことです」


「ギルダさん……。一つお伺いしたいことがあるのですが、あなたはナタリア王国についてどれほどご存知ですか?」


「マーレ。私が知っているナタリア王国は、ずっとはるか昔のことです。おそらくあなたが知りたいと思っているような国の状況は、私は知り得ないでしょう」


「ですが、私の母の名前を仰っていましたよね?」


「ええ。あなたのお母様の名前はこの図鑑に載っていますからね」


 ギルダが席を立って、本棚の中から一冊の古ぼけた書籍を取り出した。

 そこにはたくさんの人物の名前が載っている。


「この大陸の中にいる魔女そう多くありません。魔術を使えると判断された者は、この図鑑に自動的に名前が刻まれます」


「母は魔女だったのですか?」


「公にはされていなかったようですが、魔術を使える者は、ナタリア王国の王妃が多少なりとも魔術を使えることは知っていたでしょう。あなたにかけられている保護の呪文もおそらくあなたのお母様がかけたものです。この魔術だけ、愛に満ちていますから」


「名前があるということは、母は生きている可能性はあるんでしょうか?」


 私は一抹の期待を持って、ギルダに尋ねたが、彼女は首を横に振った。


「ここをご覧ください」


 ギルダが指し示した場所には「ナタリア王国、王妃ノヴェス(故)」と書かれている。


 やはり私の母は死んでしまっているのだと、落胆した。

 私は、どこかで探しに行けば、家族に会えるような気がしていたのだ。


「ナタリア王国の滅亡は、大きな魔術が影響しています。おそらく、あの土地にいた者で生存している者は皆無に等しいでしょう。あなたとその一緒にいたという従者が生き延びることができたのは、奇跡に近いことなのです」


 ギルダは、魔女たちの名前が書かれた本を本棚の中にしまった。

 家族が生きているかもしれないといった淡い期待が潰されてしまった私の肩に、ギルダは優しく手を置いた。


「あなたは生きていることは尊いことです。そして、あなたの母の愛はあなたの身体に満ちています。ですから、あなたの中にある余計なまじないは尚更取り除かねばなりません。いずれ、あなたの身体の中に黄金石の秘密が隠されていると知るものは出てくるでしょう。一緒にいた人間がどんな方法を使ったのかは知りませんが、あなたがここまで誰にも見つからず生きてくることが出来たのは天晴れとしか言いようがありません」


 私の脳裏にラディーレの顔が浮かんだ。


 ラディーレは、絶対に教会の外に出るなと言っていた。

 私がどれだけ外で遊びたいと言っても、頑なに許してはくれなかった。


 崖に面した庭は教会の一部で、教会の外に出たことにはならない。

 だが、外に出る時間は厳しく決められていた。


 もしかしたら、私にナタリア王国のことをあまり深く教えなかったのも、私の中にあるまじないが変に反応しないようにするためだったのかもしれない。

 ラディーレは、私の身体の中にある複数のまじないのことを知っていたのだろうか。

 考えれば考えるほど、ラディーレのことが分からなくなってしまった。


 彼は一体何を知っているのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る