第81話 腐れ縁
――午後の実践訓練の時間。
「今日も抗議します」
訓練場内で屈伸をしながら真剣な顔で呟くフィンに、隣で上半身を後ろに反らしていたセレスはニ、三度瞬きをしたあと身体を戻した。
「……っと、またそれか」
「これから卒業までバディは連帯責任になるんです。訓練や演習、遠征といった実地訓練や筆記試験での成績まで共同になるなんて、もし失敗でもしたら……」
「偏りがないよう同程度の者同士を組ませていると聞いている。そう心配することはない」
「僕達が同程度なわけがないじゃないですか」
「フィンは優秀だからな、足を引っ張らないように頑張るよ」
「えっ、ちがっ、貴方じゃなくて、僕のほうが足手纏いなんです……!」
頭を抱えるフィンを横目に柔軟を続ける。
自己評価が低いのか、それとも態と自身を下げているのか。気が小さく軟弱そうに見えるフィンだが彼は意図的にそう振る舞っているだけで、本来は気が強く頑固、身体能力は高く勉学にも長けている。それに、知的で穏やかな容姿は安心感があり魅力的だとエリー達が熱く語っていた。
「私はこのままでいいのだが」
逃げ回るフィンを追うのもそろそろ疲れてきていたし、私はバディが誰であろうと構わなかったのでこの強制バディは丁度良かった。
ここまで嫌がるフィンには悪いが……と微笑むと、「うわっ、悪い顔」とシルから野次が飛んできたが無視だ。
「僕は嫌です。元帥の孫とバディを組むなんて僕には不相応ですから」
「フィン、本音は?」
「とある人達からの圧力と他人からの視線が鬱陶しい。一々対応するのが面倒だし、期待されるのは精神的に負担が大きい……っ!?」
「本音が駄々洩れなとこがフィンの面白いところだよね」
「シル、あまりフィンを虐めるとセレスに叱られますよ」
「虐めてないよ?ね、フィン」
「シルヴィオは口を閉じていてよ……」
「ぇー」
バディを組んでかたもう大分経つというのに、フィンは毎日同じようなことを口にしている。初めの頃はハリソン教員に抗議に行くと憤るフィンを止めたりもしていたが、そもそもこのバディは抗議先であるハリソン教員が仕組んだものなのだから解散することはない。
だったらフィンの鬱憤の捌け口になってもらおうと引き留めることはせず、適当に相槌を打ち送り出している。
「セレス。フィンが虐める」
「……」
「痛っ……!」
私とフィンのこの遣り取りを毎日横で聞いているシルは、何が面白いのか必ずこうしてフィンに絡む。口角を上げ、あざとく首を傾げて虐められたと訴えるシルの額に手刀を叩き込むが、彼の口はこの程度では止まらない。
「前から思っていたことだけど、フィンのその諦めの悪さってある種の現実逃避だよね」
「現実逃避……」
「そろそろ飽きてきたので、この辺りで終わりにするべきでは?」
「飽き……」
「どうせ抗議したところで覆らないからね」
「時間の無駄です」
「……っう」
毎回最終的に必ずフィンに止めを刺すシルとセヴェリに肩を竦め。小刻みに震えるフィンの肩を叩いて訓練場の中央へと促した。
実戦訓練が始まる三十分前から各自身体を解しておき、担当教員が訓練場へ入って来たら中央へ集まる。
ツェリ教員の剣術指導はハリソン教員から合格をもらって初めて受けられるものだったが、二年からは合格を問わず特別クラスの者達は皆が指導を受けることになっている。
利き手ではないほうの手で剣を扱うことから始まり、徐々に難易度を上げていくのだが、その他にも夏に行われる演習のためにバディと連携を取れるように訓練が行われる。
更に、演習中は狩猟を行い自炊となるので、それに関しての知識は午前の座学授業に、実践的なものは現地でぶっつけ本番らしく大抵初日の夜は夕食抜きとなるらしい。
「フィンは贅沢だよね。セレスのバディになりたくてもなれない奴だっているのに」
木剣を器用にくるっと回したシルが剣先を斜め前に向けて止めると、聞こえていたのか木剣の先に立つビリーの眉間の皺が大変なことになっている。
「魅力的な外見を上回る威圧感と硬質な雰囲気が全てを台無しにしていますが、敵意を持たなければセレスは無害ですよ」
「そうそう、稀に過激なことをすることもあるけれど、それも慣れると楽しいし」
「とある人達の対応が面倒だと言うのであれば、その日あった出来事を全て紙に書いて渡せばいいのです」
「それ面白そうだよね。私も書いてみようかな」
そっと私を窺うフィンに笑みを浮かべながら顔を左右に振って見せたあと、シルとセヴェリに向かって木剣を投げた。
「うわっ、危ないからね!?」
「当てるつもりはないとはいえ、この速度は恐ろしいですね」
「地面に刺さって……え、木剣て、地面に刺さるものなんだね」
「地面が土だからでしょうか」
しゃがみ込んで木剣を眺める二人を無視し、予備の木剣を手に持ちフィンに向かって構える。そろそろ真面目に訓練しないと……中央付近に立つツェリ様からの視線が痛い。
「軍学校を卒業するまでの間のバディだから、耐えてくれると助かる」
「……」
「フィンは将来軍人になるのだろう?それなら、優秀な成績で卒業したほうが良いと思うが」
「……」
木剣を構えたフィンの瞳が一瞬揺れたのを確認し、もうひと押しだと微笑む。
「確か、フィルデ・ロティシュが居るこの街の砦の大佐となり、将来的には元帥の後を継ぎたいと……」
「うわぁぁ……!どうして、何で、それをっ!?」
真っ赤な顔で声を上げるフィンには悪いが、彼の情報はハリソン教員によって全て筒抜けなのだ。
「元帥の孫で、軍事貴族の跡継ぎとのコネが作れるのだから、フィンに損はないと思う」
「……ふぐっ」
「休日はランシーン砦で働く歳が近い軍人達とご飯を食べることもある。彼等から色々とためになる話が聞けるのだが」
「わかりました。いつまでも子供のように駄々を捏ねるわけにはいきません」
パッと顔を上げて目を輝かせたフィン。
彼を動かすには軍関係が一番だと聞いていたが、私からあれほど逃げ回り、バディとなってからは毎日愚痴を零していたのに……と苦笑する。
互いに軽く剣先を合わせたあと一度離れ、どちらからともなく間合いを詰めた。
基本動作である姿勢や型、相手との距離間を身につける訓練なので防具は付けずただひたすら同じ動作を繰り返していく。余裕があれば相手の目や手足の動きを観察し次の動きを予測する。
砦で鍛えていた私と同じ運動量であるにもかかわらず微かに息を乱すだけのフィンを心の中で賞賛しつつ、木剣を打ち込むのと同時に力を入れフィンの体勢を崩す。
僅かでも姿勢が崩れれば打ち返すときに力が分散し威力のないものとなるのだが、瞬時に体勢を整えフェイントまで入れてくるフィンに眉を顰めた。
利き腕ではない手で苦心している私とは違い、軽々と木剣を振るフィンを見るたびにソレは本当に利き腕ではないのかと問いたくなる。
コレで足手纏いだと言うのだから困ったものだ。
「やはり私が足を引っ張らないようにしないといけないな」
「え……っ、何か言いましたか?」
「いや、卒業までよろしく」
「こちらこそ。短い付き合いですが、よろしくお願いします」
軍学校にいる間のたった数年だけのバディだと、私達二人はそう思っていたのだが……。
まさかその数年先の未来で、軍人となったセレスティーアのバディとしてフィンが隣に立ち、ランシーン砦の残虐王とその参謀として軍内で広く知られることになるなど、想像すらしていなかった。
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