第65話 ミラベルの誤算は続く

白いドレス、ピンクの髪飾り、金色の装飾品。ライトアップされた湖の畔に立つ儚げなヒロイン。全て完璧に真似、一瞬たりとも気を抜かずに耳を澄ませる。

石畳を歩く靴音が聞こえれば期待に胸が苦しくなるほどで、背中に感じる熱い視線に勝手に口角が上がった。


――まだ、もう少し。


足音が止み、何のアクションもせずに声を掛けられるのを待っていれば、想像よりも低音の冷たい声に一瞬(ん……?)となりながら、髪をそっと押さえ、一番可愛く見える角度で一度止まったあと完全に振り返った。


熱のこもった瞳を向けるルドウィークに微笑みかけるだけの簡単なイベント。

されど、王太子攻略には欠かせない出会いイベント。

絶対に、何よりも優先して成功させなくちゃいけないものだったのに。


――なんで、何が起きたの……?どうして!?


ルドウィークが立つべき場所に、何故か悪役令嬢であるセレスティーアが立って居た。




「……くっ」


騎士に見張られながら広間へと戻り、養父様に告げ口することなく戻って行った騎士に安堵しつつ、王太子イベントが失敗に終わったことに苛立ち綺麗にネイルされた爪を噛む。


地位やお金、美貌に素敵な婚約者、欲しいものは何でも手に入るのだから、少しくらい私に分けてくれたっていいじゃない……。


アレ以外にも何か挽回出来るイベントがないか記憶を探るがそんなものはなく、悔しさと怒りで涙が込み上げてきたときだった。


「ミラベル……?」


頭を冷やそうと入口付近のテラス側に立って居たからか、見知った顔の下級貴族の令嬢に声を掛けられ一瞬眉を顰めたが、ソレを隠すように直ぐに笑みを浮かべる。


「マーゴット……」

「凄く綺麗になっていたから見間違えかなって思ったけど、やっぱりミラベルだったわ!久しぶり!」

「久しぶりね」


王族席がある奥には上級貴族が集まり、入り口付近には下級貴族が集まっていることをすっかり忘れていた。

マーゴットは男爵家の次女で、彼女と一緒に居る子達も同じような家柄で、彼女達とは伯爵家の養女になる前、男爵家だったときに何度か交流を持ったことがある。


「皆ミラベルに会いたがっていたのよ」

「そうなのね。嬉しいわ」


大して仲良くもなかったのに堂々と近寄って来て、上級貴族と同等の地位を持つロティシュ家の娘に気軽に話し掛けるなんて、所詮は養女だと私を侮っているのが丸わかりだわ。


「ねぇ、あのロティシュ家の養女になったのでしょう?」

「私も聞いたわ!凄いわね、ミラベル」

「国王陛下から信頼の厚いお家の娘になれるなんて、羨ましいわ」


上級貴族の醜聞や失態は下級貴族の娯楽であり、些細な事であっても誇張され広められてしまう。


「養父様は、私をとても大切にしてくれるわ」


目を輝かせて私の話を聞き入るマーゴット達に、「でも……」と憂いのある表情を見せれば。


「どうしたの?何かあるの?」


心配する振りをして、餌を寄越せと食いつく。


「多分、私が悪いの……」


否定せず、されど肯定もせず、瞳を潤ませて俯き加減で呟き何かあるのだと匂わせるだけでいい。


「もしかして、伯爵様以外の家族と上手くいっていないの?」

「それって……セレスティーア様?」


声を潜めて訊いてくるマーゴット達に困ったように微笑むだけで勝手に勘違いをしてくれるのだから楽だわ。


「大丈夫よ、私達はミラベルの味方だから」

「性格が悪そうだもの」

「ミラベルが可愛いからって僻んでいるのよ」


セレスティーアの顔なんて碌に見たこともないのに、コレが有名税だろう。

妬み、僻みが常に付きまとう下級貴族なんてこんなもの。確証もなく勝手にそうだと信じて悪意を持つ。


だから、その悪意を大きくする為に、もっと餌を上げないと。


「義姉様が怒っても仕方がないの……だって」


突然現れた義母と養女、実の父親は再婚相手の家族を優遇し、婚約者である侯爵家の子息は義妹にご執心で、それに癇癪を起した挙句に当てつけで家出。


嘘は一つも言っていない。私の視点でセレスティーアのことを語っただけだもの。


「酷いわ。ミラベルは悪くないじゃない」

「そんな方だったなんて……伯爵家なだけでお姫様にでもなったつもりなのかしら?」


マーゴット達はこの極上の餌を他にも撒き、いずれは下級貴族から上級貴族へと伝わる。

どんどん大きく膨らむ噂話はセレスティーアが成人する頃にとても素敵なものになっているのだろう。

あの女が影で何て言われるのか楽しみだわとほくそ笑んでいれば、数歩先に立つ少年と目が合った。

栗毛に茶色の瞳と何処にでも居そうな少年の顔の造形は高く見積もって上の下くらい。王太子達と比べるまでもなく凡庸。

でも、身形はかなり良く、着ている物から装飾品までかなり高価な物に見える。

此処に居るということは下級貴族の子息なのに……。

一通り観察し用はないと微笑んであげてから顔を背ける。

下級貴族なんて例え遊びであっても相手にするわけない。可愛いのも考えものだと両手で頬を押さえていれば、凡庸な少年が私の前に立った。


「失礼」


少しだけ顔を横に倒して見上げ、目を瞬き鈍感な少女を演じる。

名前を訊かれるのか、それともゆっくりお話でもと誘われるのか……そんなことを考えながら急に大人しくなったマーゴット達を窺うと、皆頬を染めて浮足立っていた。


「あの、ビリー・ヒュートン様ですよね……」


マーゴットにしかめ面で頷く少年を眺めながら「ヒュートン」と呟くと、隣に居る少女が私の耳元に顔を近づけ弾む声で説明してくれる。


領地、屋敷、別宅など諸々の維持費や相続税という莫大な費用に困窮する貴族が多くいる中、男爵家であるヒュートンは事業、投資を行う資産家として名高く、下級貴族だというのに上級貴族からも結婚相手として狙われているらしい。更に、一族揃って末っ子であるビリーを溺愛していることは有名で、彼こそが最高の結婚相手なのだと、鼻息荒く語る少女に相槌を打つ。


要は、金の卵、金のなる木だってことでしょ?


そんなにお金持ちなら味方に付けて損はないかもと、いつもフロイドにしているようにビリーの腕にそっと手を伸ばす。


「先程から聞こえてくるセレスティーアとは、セレスティーア・ロティシュで間違いないだろうか?」


少し不機嫌そうな声音で訊かれた内容に、伸ばしていた手を止め彼を見上げた。

セレスティーアが下級貴族と親しくしている姿なんてこれまで一度も見たことがない。

幾らヒュートン家がお金持ちだとはいえ、たかが男爵家の末っ子との接点なんて……。


「聞こえているのか?」


誰も答えないことに痺れを切らしたビリーに怯える振りをして視線を彷徨わせていれば、ビリーと会話がしたいマーゴット達が意気揚々と私の代わりに義妹を虐める悪い姉の話を口にする。

私でも呆れるくらい色々と悪行が追加された話は聞いていて少し面白い。


「それは、間違いなくセレスティーアの話なんだな……?」


数十分は黙って聞いていたビリーが確認するかのように私に向かって問いかける。

肯定したら彼はセレスティーアをどうしてくれるのだろうか?


「……私が悪いんです」


止めとばかりにコクンと頷きながら告げれば、ビリーは深く溜息を吐いて「嫉妬に狂った女は醜いな……」と嫌悪を露わにした。


王太子のイベントが失敗した今は、学園に入る年までにそこそこ使える人材を集めておかなくてはならない。下級貴族であっても高く評価されている男爵家の子息なら友人もそれなりだろうし丁度良い。

彼等の家の伝手やコネで王太子と第二王子の心証を回復出来るかもしれないと希望が湧き、再び下ろしていた手をビリーへと伸ばした。


私の為だけに動く駒として、確実にビリーを落とす為に。


楽勝だわ……と、そう思っていたのに。


――パシン。


ビリーの腕に触れた私の手は音が鳴るほど強く叩き落とされ、あろうことか汚いものでも触れたかのようにスーツの腕の部分を払っている……。

何が起きたのか分からず呆然としている私達を見回したビリーが嘲笑を浮かべ。


「触るな。お前達の醜さがうつる」


理解できない言葉を吐き捨てた。



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