第62話 熱狂的な支持者達



「これは、驚いた……フィルデの若い頃にとても良く似ている。その冷めた瞳は遺伝なのか……?正面よりも横顔の方が似ているのか」

「ディラン……」

「何だ?そのように怖い顔をしなくても褒め言葉だ」


幼子のように大きく口を開けて笑う陛下と呆れたように肩を竦める御爺様。


ルドとレナートの父親であり、現国王であるディラン・オルセマ陛下は、疲弊する国を救う為に王位継承争いを終わらせるべく御爺様や前騎士団長とクーデターを行った人物だ。元凶である前国王と兄弟を躊躇うことなく排除したというのは有名な話。

ルドの品の良さを感じさせる端正な容姿、黒髪、金の瞳は全て陛下から受け継いだものだったのかと感心しながら、御爺様と陛下方の遣り取りを眺める。


「フィルデ様が怒られるのも当然ですわ。これほど素敵な少女がむさ苦しい老人に似ているだなんて失礼ですものね」

「……ロージー」

「君も怒らせたようだが?」

「まぁ……どうしましょう?」


困ったわと口にしながらとても楽しそうな王妃様。

幼い陛下を支え続け、クーデターの際には陛下の隣に立ち一緒に血を浴びたトレイシュ侯爵家の長女。陛下よりも五つ歳が上だと聞いているが、とてもじゃないがそうは見えない。

輝く金の髪に宝石のようなグリーンの瞳。幼い少女が好む物語に登場する妖精や天使のような愛らしい顔立ち。

どうやら、神に愛されているかのようなレナートの美しい容姿は王妃様から与えられたものだったらしい。


そっと陛下と王妃様を観察したあと右側へと視線を移し、ルドとレナートを眺めて目を細めた。

ある程度の美しさは努力で得られると言うが、どれだけ努力しても永遠に追いつけないような容姿を持つ者は少なからず存在している。

物凄く眩しい家族だと目を瞬いていると、御爺様を側に呼び寄せ耳元で何か囁いた陛下の頭上に拳が振り下ろされた……。

陛下が両手で頭を庇いながら御爺様から離れる姿を目にし、咄嗟に顔を背け見なかったことにした。

御爺様が陛下のことは苦楽を共にした腐れ縁と称していたが、まさか陛下と王妃様の名を友のように口にしただけでなく、砦の軍人達にするようにこの国で一番偉い方の頭を小突いて笑って許されるとは思いもしなかった。

心臓が音を立てて鳴り、冷や汗が止まらない。

前以て心構えくらいはさせてくれと、一人手を振って広間へ逃げたお父様を壇上から恨みがましく窺うと、丁度会話が途切れたのか壇上を見上げたお父様とバチッと目が合うが。


(がんばれ)


そう小さく口を動かしたお父様は直ぐに広間へと顔を戻してしまう。

そうか、分かっていたのか。それなら事前に情報を与えておいてほしかった。


「だから、あの武器は私にも送るべきだと……っ」

「アレをドレアに喋ったのはお前だったか」

「待て、許可もなく勝手に製造しているのだと密告したわけではない。ただ、ドレアよりも私のほうがフィルデとそういったことを話すほど親密なのだと自慢を……っ!?」

「許可はディランから取った筈だが?」

「……そのときには既に武器を製造していなかったか?」

「現物があった方がドレアから予算をもぎ取れるだろう?」


先程から何度も叩かれる音が聞こえるのだが、側で待機している騎士が静かに首を横に振るのだから大丈夫なのだろう。

御爺様と陛下の遣り取りを直視することも出来ず、かといって勝手にこの場から居なくなるわけにもいかず、私は笑顔を張り付けたまま静かに立つお人形に徹することにした。


壇上に設置されている席は四つ。

王女殿下と第三王子殿下はまだとても幼く公式行事に出席されないので席はなく、側室様は音楽祭に参加はしているが別に席が設けられそちらに居る。

政治的な目論見があり婚姻したのは王妃様も側室様も同じなのだが、陛下を支持し苦しいときも支えてくれた王妃様の家とは違い、側室様の家は中立を保ち続け他人事のように我関せずを貫いていたのだと御爺様から聞いている。

甘い汁だけを吸う貴族というのは一定数いて、それらを管理下に置く為には不本意な婚姻も当たり前。側室様の家には冷遇はしないが優遇は絶対にしないと事前に伝えたと聞くから、陛下は物事をハッキリさせる気性なのだろう。

だとしたら、ルドの王太子の地位は彼の身に何か起きない限り揺るぐことはなく、王太子のスペアであるレナートを側室様陣営が狙うのも頷けるというものだ。


「セレスティーア嬢は息子と面識があるのでしょう?」


暇つぶしに色々考えていたら王妃様から声を掛けられ慌てて視線を上げた。

お美しい王妃様は微笑みながら「二人」と口にして、自身の隣に座るルドとレナートに顔を向けた。

二人とは彼等のことかと軽く頷くと、何やら嬉しそうな顔をされる王妃様の横で二人は申し訳なさそうな顔をしながら側に待機している騎士と同じように首を横に振る……。


「ルドウィークとレナートが貴方をとても尊敬していると言っていたから、私も一度会ってみたかったのよ。それなのに、どなたかにお願いしようにもフィルデ様は此方へ戻らずお手紙の返事もなく、ロティシュ伯爵は逃げるのが上手くて捕まらないし……」

「隠居したと言っただろうが」

「陛下は気軽に砦へ会いに行けますが、私はそうはいきませんでしょう?そんなのずるいと思いません?ね、セレスティーア嬢」

「そうですね」


拗ねた顔をする女神に否と言えるだろうか?私は言えない。


「セレスティーア嬢は、軍学校へ入ったのでしょう?」

「はい」

「貴族の令嬢は皆一貫して淑女であれと幼い頃から教わるわ。だから、セレスティーア嬢が選んだ選択を嘲り、眉を顰め、何も知ろうとせず醜聞として社交界で広める者もいるの」

「承知しております」

「でも、陛下の師であり、友であるフィルデ・ロティシュの前で貴方を悪く言える者は居ないし、もし愚かにもそのような者が居たとしても、その者は二度と社交界で顔を見なくなるわね。それほど、貴方の御爺様は凄い人なのよ」


王妃様の言葉に驚き御爺様を窺うと、「俺が凄いわけではない」と否定する。

恐らく、御爺様の人脈が凄いと言いたいのだろう。


「将来セレスティーア嬢がどのような道を選ぶことになろうとも、貴方は伯爵家のご令嬢で跡継ぎなのだから社交は必須だわ。そのとき、貴方の味方になってくれる者は大勢居た方が良いと思うの」

「味方ですか?」

「えぇ。勿論私は味方になるつもりよ。でも、同じ貴族にも必要でしょ?だから……」


途中で言葉を切った王妃様が広間へと視線を移した。

その視線を追うと、壇上の近くに集まっている女性の集団が。


「ビアトリス・ベイカー侯爵夫人はご存知?」

「お名前だけは」

「夫人は私の親友なの。残念なことに、彼女はフィルデ様ではなくアイヴァン・ツェリ様がお好きなのだけれど」

「それは……」


気が合うかもしれないと口にしそうになり咄嗟に言葉を飲み込んだ。

御爺様の方からは嫌な視線を感じるが、ここは暫く黙っていてほしい。


「彼女達は私の派閥の者でもあるから、きっとセレスティーア嬢の力になってくれるわ」

「……」


今宵は音楽祭で、まだ子供の退出時間ではない。

だから当然ご婦人達の側には幼い少女達が居て、ベイカー侯爵夫人の隣には次期王妃となり社交界の華となるよう教育されているアンジェリカ・ベイカーが居る。


「アンジェリカ嬢はセレスティーア嬢の二つ下なの。大人しそうに見えてとても気が強い子なのだけれど、悪い子ではないわ。もしよければ、一度私のお茶会に参加してみてちょうだい」


私とアンジェリカ嬢は二つ離れているうえに、軍学校と学園と全く別の道を歩む。

王妃様は私の将来を見据えて、彼女と親しくなる機会を設けようとしてくださっているのだろう。


――だが。


淡い色のドレスを身に纏う愛らしい少女が、物凄く眉間に皺を寄せ、鋭い眼光で私をみつめている……。

気の所為ではないかと一度視線を逸らしたあと再びアンジェリカ嬢へ戻すが、変わらないどころか鋭さが増した。


「……あら」


王妃様が小さく声を上げ、私とアンジェリカ嬢を見比べた。

あの嫌そうな顔を見て気付かない方がおかしい。折角のご厚意なのだが、私が茶会に参加したら台無しになるだろう。

申し訳なく思い頭を軽く下げるが、何故か王妃様は笑みを深め嬉しそうにしている。


「心配する必要はなさそうね。本当に素敵なご令嬢だわ」

「あ、ありがとうございます……?」

「すまないな、セレスティーア嬢。ロージーは昔からフィルデ・ロティシュの熱烈な支持者なんだ……」

「まぁ、私より陛下のほうがフィルデ様のことをお好きでしょう?」

「ん……?」

「昔、フィルデ様が捕虜となったと誤報が届いたときに解放する為の条件は全て呑むと仰って、国すら売る勢いで大騒ぎでしたもの。私の父が詳細を確認してからと陛下を止めるのに苦労していましたわ」

「いや、それは……あのときはまだ私は幼かったじゃないか……」

「えぇ。涙をポロポロと零して、宥めるのが大変でしたわ」

「……」

「ロージー、もうやめてやれ」

「フィルデ様も陛下のことを大切にしていますものね……両想いなんて、嫉妬してしまいますわ」


ふぅっ……と頬に手を当て溜め息を吐く王妃様は可憐な少女のようで、とても二人の息子を持つ母とは思えない。


「でも、私にはセレスティーア嬢がいますものね」


にっこりと微笑む王妃様が女神ではなく捕食者のように見え、背筋が凍った。


「私が毎日セレスティーア嬢と過ごすにはルドウィークが最良なのよ?でも、セレスティーア嬢はロティシュ家の跡継ぎですもの、私が我慢すれば良いのです。ね、陛下」

「……何が言いたいのか分かってきたが、フィルデが恐ろしいから賛同はしないぞ?」

「家族になればいつでも会えますもの。それに、男らしいルドウィークよりも可愛らしいレナートのほうがセレスティーア嬢には合うと思うのよ」


グッと拳を握り締め熱心に語る王妃様に困惑しながら御爺様を見上げた。


「いつものことだ。もう挨拶は済ませたからな、退出する時間までそこの二人と宮殿内でも探索していると良い」

「ですが……」

「セレスティーアの為というより、その二人の為だ。此処から離してやれ」


御爺様が顎で促した先に顔を向けると、額を押さえ俯くルドと両手で顔を覆っているレナートが居た。

ルドが掠れた声で「すまない……」と呟き、訳も分からず頷いた。



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