第15話 警戒されているようです
女王気取りで王太子殿下や第二王子殿下に媚びを売り、嫉妬で義妹を虐め、卒業パーティーで婚約破棄……止めは王族に睨まれ修道院。
この、私の最悪な未来の鍵となる人物が、どうして北の地に……。
「……」
殿下に似た別人ではないかと、そっと顔を上げ、再び手元へ顔を戻してしまった。
毎年参加していた音楽祭の開会式で、国王陛下の横に並び微笑んでいた姿を何度も目にしている。
見間違えるはずがない。紛れもなく本人だ。
動悸が激しくなり、冷や汗が止まらない。
この場で倒れてしまおうか……?いや、逃げた方が早いのでは?と二択を迫られていたとき、サッと手を引き抜かれ……。
「……君は?」
冷ややかな声が降ってきた。
壊れた人形のようにカクカクと顔を上げると、この国の王太子であるルドウィーク・オルセマ殿下が不快そうに眉を顰めていた。
「此処では身分を隠しているのに、どうして君は僕のことを知っている?」
上級貴族の子や、それ以下だとしてもある程度の家柄の子供は殿下の顔ぐらい知っているのでは?
毎年王城で開かれている王妃様主催の春の宴やお茶会では、王子や王女の婚約者候補や側近候補が招待されていると聞いているし……。
「お顔を拝見したことが……」
「君が?」
他に誰が?と言いそうになり咄嗟に口を噤んだ。
代わりに何度か頷くと、どこか探るような眼差しを受け居心地が悪くなる。
「君は、トーラスに住んでいる子では?」
殿下が口にしたトーラスという言葉で、気分を害したのではなく警戒されていたのだと気づいた。
道理で話が嚙み合わないはずだ。
襟元や袖がよれたシャツに汚れて色が変わったズボン。日に焼けた肌に傷んできた長い髪。誰がどう見ても今の私を貴族の子女だとは思わない。
要は、殿下に平民の子供だと思われているのだ。
平民の子が殿下の顔を知っていたら警戒もするだろう。
だとしたらやることは一つ。
その警戒を払拭する為に、右手で拳を握り胸元へと持ってきて二度叩く。
「セレスティーア・ロティシュと申します」
日頃から厳しく指導され、自然と出来るようになってきた上官への挨拶をしてみせたのだが……。
「……そう」
「……リックさん」
ジリッ……と後退りされ、思っていた反応ではなく余計に警戒されたような気がしてリックさんに助けを求めたのに、何故か彼は口元を押さえ震えている。
指の隙間から「ぶふっ」と空気が漏れる音が聞こえるが……もしや、笑っているのでは?とリックさんを睨むと、私の視線に気づき顔を背けられてしまった。
殿下には不審者を見るような目で見られ、教官は笑っていて使えない。
周囲を見渡し、絶対に何処かに隠れている殿下の護衛を探したが影も形もない。
居た堪れない空気の中(あー……いい天気だなぁ……)空を見上げたまま立ち尽くしていた。
「悪かった。ルドの怯え……驚いた顔が面白くて」
「私はちっとも面白くありませんでした」
「セレスも悪いぞ?普通軍人でもないのに敬礼するとは思わないだろう?」
「王太子殿下も上官も似たようなものです」
だから敬礼が妥当なのだと、シレッと真顔で腕を下ろし姿勢を正す。
「ロティシュ……確か元帥の?」
「ロティシュ家当主バルドの娘で、フィルデの孫であります」
「……どうしてこの砦に?」
御爺様が居るのだから、その孫が居てもおかしくはないと思うんだけど……。
また妙な勘違いをされては困るので、ここは遠回しにではなく率直に聞くことにした。
「すみません。どうしての意図が全くわかりませんので、教えていただいても?」
「……伯爵家の令嬢が、この時期に此処へ来ていることが不思議だったから。君は、どうして此処に居るのかと思って」
「この時期に……と言われましても、私は一年半前からずっとこの砦にいますが?」
「……一年半前から?でも、去年は顔を見なかったが」
去年?と首を傾げながら、傍観しているリックさんを窺う。
「去年も私は居ましたよね?」
「居た。だが……セレスは早朝訓練を終えたあとは訓練場から出ていないだろ?」
「はい。基礎体力がつくまでは動き回ることを禁止されていたので。ですが、食堂や客室のある区画でも顔を合わせたことはありません」
「ルドが此処に滞在するのは長くて二カ月だが、食堂は使っていない。王族専用と貴族専用の客室は同じ階でも真逆に位置している」
「夕食後は洗濯やニック大佐の呼び出しでウロウロしていましたけど」
「ルドは護衛の都合上、夜は部屋から出ることを禁じられている」
活動時間が違えば意外と会わないものらしい。
新人に混ざって訓練しているわけでもなく、草地の奥で隠れるように鍛錬していたのなら尚更だろう。
口を開けたまま目を瞬く殿下に「だ、そうです」と返した。
「訓練?その、君が、訓練をしているの?」
「はい。基礎訓練の合格を貰ったので、今日から実地訓練に入ります」
「一年半かかったからな。よく頑張った」
頭を撫でてくれるリックさんに微笑むと、「一年半……」と呟いた殿下の顔が見る間に赤くなっていく。
真っ白な肌が真っ赤になっていく異常事態に、次はなんだ!?と内心慌てていると、眉を下げ唇を噛み締めた殿下が、ゆっくりと頭を下げ……。
「ごめん。僕が色々勘違いしていたみたいだ」
謝罪した。
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