第16話 秘密



「我が国の結婚適齢期は十五歳から二十歳。跡取りは幼少の頃に婚約者を決めてしまうことが多いが、それ以外の者達は同程度の階級の家柄や関係性を考慮しつつ、デビューまでに相手を探し出すものだろう?」

「そうですね」

「母上が主催している春の宴や茶会では、身分、家柄、持参金……どれも申し分のない好条件の者達が多く集まる。僕は他国の王族や政敵である家の令嬢との婚姻が有力だからまだいいが、弟や妹はあからさまに近づいてくる者達に辟易している」

「第二王子殿下は国内の貴族との婚姻が望ましいですが、第一王女殿下は他国へ嫁がれるのでは?」

「友好国に近しい歳の王族がいない……っ!」

「ですが、国内で……となると、降嫁することになるのでかなり身分の高い家柄でなくてはなりませんね。上級貴族ですと、確か第一王女殿下と同じ年頃の子息はかなりいたはずですが」

「だからこそ、ここ数年は茶会に出席したくないほど、酷い有り様だっ……!僕の側近候補選びも難航している……!」

「あぁ、それで平民じゃないと知ったあとも警戒されていたのですか。誰が目的かはわからないが、此処まで追って来たと?」

「恥ずかしながら、自意識過剰過ぎたと思っている……っは!ところで、セレスはなんでそんなに余裕なんだっ……僕は、一度休憩する……」


振っていたダミーの剣を下ろし地面に座り込む殿下を横目に、私は両手で剣を振り続ける。

軍で多く使用されている刀剣の重量は1.1キロから1.4キロの物が多く、ダミーの武器も同じ重量で作られている。

けれど、リックさんが私達に用意したダミーは、長さや幅は同じでも実際の物より半分の重量で作らせた特注品だと言っていた。


軍学校を卒業し軍に入る歳であれば、長時間の筋力の強化を目的とした訓練や技術向上を行うが、まだ成人前の身体が出来上がっていない状態では、成長の妨げや怪我の恐れがあるので複雑な動作の繰り返しが一番良いらしい。


本来であれば片手で扱う刀剣を両手で持ち、正確に刃を立てられるように何度も振る。

ただ上下左右に振れば良いと思っていたが、実際には精密な動作が要求されることに驚いた。

「手の中で回転して、ただ殴っているような形になることが常だ」とリックさんも言っていたし、そのうち握力も鍛える必要がありそうだなぁ……と痺れてきた腕と手を休ませる為に休憩を取ることにした。


「はい、タオル。僕はもう腕が上がらないけれど、セレスはまだ大丈夫そうだね」

「そうでもないですよ。ただ、体力だけには自信があるので」

「一年半も此処で訓練しているのだから、僕よりも体力がありそうだ。しかも、元帥から指導してもらえるなんて羨ましいよ」

「指導……御爺様には水をかけられた記憶しかありませんが」

「水?どうして?」

「その辺に倒れていたら邪魔でしょう?意識を失った者に水をかければ起き上がりますから」

「あぁ……だから、水を……」


想像したのだろうか?苦笑しながら「うん、え、水……?」と呟く殿下はまだあの洗礼を受けていないらしい。


「それにしても……結構本格的に訓練しているようだけれど、何か理由が?」


理由……理由ですか。

ミラベルとの事を身内でもない者に吹聴するつもりはない。

少し道は外れたけれど、軍学校に入学してはならない決まりなどないし、軍事貴族なのだから恥じることでもない。


「……ぁー」


適当に誤魔化すのが一番良いのかも知れない。

けれど、王族に対する虚偽の罪とか……ないよね?


王族から睨まれるくらいなら、少なくともあと二年近くは此処で顔を合わせることになるのだから正直に言ってしまったほうがいい、気がする。


「平民の子より体力も精神面も劣っているので。あと一年半ですが、入学してから遅れを取らないよう頑張っているだけです」

「……精神面はまだわかるが。セレスは騎士科のコースを受講するわけではないのに、何に体力を……ダンス?」

「あぁ、学園ではなく、軍学校へ入学するつもりなので」


ダンスも確かに体力を必要とするなぁ……と頷きつつも、間違いを訂正しておいた。

殿下が此処で鍛錬しているのは、必修である騎士科の受講に備えてなのかな?と水を口に含みながら殿下の方へ顔を向け、咄嗟に口を押さえ急いで水を飲み込んだ。


「……軍学校?」


目を見開き、口を大きく開けた、何とも言えない間抜けな顔に思わず水を吹くところだった……。


「あの、私は爵位を継ぎますから……その、軍事貴族ですし」

「いや、それでも、伯爵家の令嬢が軍学校へ入るなど聞いたことがない……」


令嬢をやめたので……とか、私が初らしいです……とか、口に出さず「そうですね」とだけ言っておく。



「出来れば、周囲の者には言わないでいてほしいのですが」


どこでもそうだが、噂が広まる途中で本来無かった話が付け加えられ、最初とは違ったものになることはよくあることだ。

発信者が殿下となればその噂はどこまでも広がり、お父様の耳に入るだけならまだしも、良くない噂となれば我が家だけではなく婚約者であるフロイド様にも迷惑をかけてしまうかもしれない。


「うん、大丈夫。僕には特別親しい者は居ないし、此処に来ていることは秘密にしているから」

「それなら、お互い秘密ですね」

「そうだね、秘密か……」

「それと、私は跡継ぎで婚約者もいますから、その点での心配はありません」

「……そうか、そうだね!」


私は無害ですよ!殿下や第二王子殿下の周囲をうろついたりしませんよ!と伝えておくことは大事だ。

リックさんのように、殿下ではなく名前で呼んでほしいと嬉しそうに笑うルドに肩を竦めながら、どんな鍛錬や訓練をしているかという話を飽きることなく続けた。




訓練仲間が増えてから数日後、皆が寝静まっている深夜遅く。

ランシーン砦内に警報が鳴り響いた。






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