第53話 奇跡の絆
覇王の生命が尽きたのを感知したソルは、すぐにバレンの側へ駆け寄っていた。なんとか戦闘に勝てたフスティーシア達もバレンの側に集まっていた。
バレンは側にいた司教士官によって止血が施され、さらに傷を治すグラリスの司教魔法をかけられていた。徐々にバレンから流れる血は止まりつつあったが、バレンが片腕を失くす事は誰の目にも明白だった。
呻き声をあげるバレンに、それ以上の事はできそうにない司教士官達は自分達の無力さを噛みしめていた。
アクリラ隊と戦った剣士官の一人が、どこからか覇王が食いちぎり、吐き捨てたバレンの腕を見つけて運んできた。しかしそこにいる司教士官は誰も、切り離された腕を縫合するような術を持ち合わせていなかった。それはソルも同じだった。
しかしソルはバレンの腕を剣士官からもらうと、バレンの肩にくっつけ、自ら尽きかけていた魔力を振り絞ってグラリスの司教魔法を使い始める。
「何をする気だ! 馬鹿野郎! 諦めろ!」
激痛の中、バレンはソルに向けて怒鳴った。
しかしソルはやめようとしない。切り離された腕を魔法で治す事など、誰も聞いた事もなければ、ソルも何か根拠があってそうしたわけではなかった。
ただがむしゃらに、ソルはバレンを助けたい一心だった。一人の上士官としてだけでなく、まるでもう一人の父親のように、訓練を通して士官としての成長を半年間ソルに促し続けたバレンに何もせずにはいられなかった。
第三段階のグラリスをソルはいつまでも使い続ける。
「よせ、ソル! 限界を超えてまで魔力を使いすぎたらいけない!」
駆けつけていたアクリラが怒鳴っていた。それでもソルは魔法を使い続ける。グラリスの魔法の緑の発行が、白くなっていく。
アクリラを助けた時と同じ奇跡が起きようとしていた。
「ダメだ、ソル! 頼むからやめろ!」
いくらアクリラが叫んでもソルには届いていなかった。ソルは何かに憑りつかれたかのようにグラリスを使い続ける。
白い光が広い範囲に一度充満して、そして消えた。
光がおさまった後、そこにいる士官達は信じられない光景を目にした。
バレンの腕は元に戻っていた。脈も正常であり、意識もはっきりしていた。
しかし今度はソルが魔力を使いすぎて倒れていた。
アクリラ隊の魔導士官達が、空を飛んでいってまもなくなった。それまでよりも強大な無数の魔力のぶつかりあいが始まった。アクリラ隊の魔導士官が合流し、共和国軍がベルーラスと激しく戦う魔力を、ヴィーダ、それにロホとアスールが固唾を飲んで感じていた。魔法と魔法がぶつかり合うたびに、遠く離れているのに閃光が見えた
次には覇王の魔力が感じられた。ヴィーダはすくみあがった。
「ソルさんだ……。きっとソルさんが……」
ヴィーダは教えられていなかったが、覇王が出てくるのは予想していた。
それに対抗する魔導士官は、アクリラぐらいしかヴィーダは知らない。だとすれば、アクリラについていけるのはソルぐらいだろうと思った。
アルマのいる病院から帰ってきたソルの魔力が、隠し切れないほど大きくなったのをヴィーダもわかっていた。魔力だけなら法王に追いつくぐらいだった。
そんなソルが参戦しないわけがなかった。
覇王の魔力、アクリラの魔力、そして時折ソルの魔力がヴィーダに伝わってくる。
「ロホさん、アスールさん、馬車を出して。決戦にいきます!」
「法王様が特殊能力で伝達してきたのか?」
「まだです。でも伝達がきてからじゃ、間に合わない。きっとソルさんは……」
顔を見合わせたロホとアスールは、すぐに馬車を準備し、三人は決戦にむかった。
弱くなった結界をぬけると、すぐに法王達がいた陣に着いた。
その時だった。覇王の魔力が消えた。だがそこからではソルの安否がわからない。
「法王様!」
「すぐにソルのもとへ行け!」
ヴィーダは馬車に乗ったまま法王と会話した。
馬車はまたすぐ、ソルが戦ったはずの方角に走り出した。
「ちょっと早すぎだぞ!」
馬車を動かすアスールにロホが言う。
「こんな時にゆっくりしてられるかよ!」
アスールはそう答えた。
まだだいぶんソルとの距離がある時だった。
ソルの魔力が今までにないほど発揮されたかと思うと、眩い緑の光が、やがて白くなった。
白い光をヴィーダが目にした後、ソルの魔力がまるで感じられなくなった。
「復活の魔法! 誰が死んだの! ソルさん!」
ヴィーダは叫ぶ。ソルが五歳の時に復活の魔法を使った時、白い光が溢れたのをヴィーダは法王から聞いていた。馬車は急ぐ。だがそのスピードはあまりにも早すぎた。
馬車は壊れてしまった。ヴィーダはそれでもなぜか無傷だった。
ヴィーダは走り出した。まさに無我夢中で、ひたすらソルに向かい走った。
アクリラとバレン、それにアクリラ隊や司教士官が集まっている場所にヴィーダはたどり着いた。アクリラ隊の司教士官達は、魔力を回復させるマジリスを代わる代わるソルに使っていた。
「どうしたんですか!」
「ソルが俺の食いちぎられた腕を元に戻すために、グラリスを使いすぎたんだ」
ヴィーダを見つけて、バレンが叫んだ。
「食いちぎられた! グラリス!」
バレンの腕は軍服が破れていたが、何ともないようだった。
状況が飲み込めないヴィーダだったが、ともかく倒れていたソルに近寄った。
「マジリスだ、ヴィーダ。ソルはバレンのために魔力を使いすぎてしまった」
アクリラがヴィーダを見つけると、そう叫んできた。
「ヴィーダ?」
「ああ、ヴィーダが来たのか」
そこにいた司教士官の誰かが会話していた。司教士官なら、ソルだけでなく、ヴィーダを知らない者はいない。知らないのはソルぐらいだった。
最初に「奇跡」と呼ばれた子供がヴィーダだった。
ヴィーダは精神を統一する。ソルの命が危ないわけではなかったのに、ヴィーダはひとまず安堵していた。そして気兼ねなく魔法への集中を始める。
ヴィーダのその手から緑の光が徐々に溢れてくる。
「マジリス」
静かに魔法を唱えるヴィーダがいた。
ヴィーダの奇跡は、その魔力の大きさだった。無尽蔵かと思われるほど、ヴィーダは長く、長くマジリスを使えた。
ヴィーダはやはり涙を流し始める。しかし魔法をやめるわけにはいかない。
十分間ほどヴィーダはマジリスを使い続けた。アクリラは微かにソルの魔力の気配を感じられた。
魔法をヴィーダは一段階下げた。自分の魔力をうまく調節するためだった。第二段階のマジリスなら、かなりの時間、ヴィーダはマジリスを使えた。
「馬車を用意してください。このまま政府の治療院の魔法陣の間にソルさんを運びます。私はその間、マジリスをかけ続けます。他の司教士官の方は、負傷者の手当てに戻ってください」
「このまま? 政府まで馬車でも三時間はかかるぞ」
「大丈夫です。私はそれくらいなら持たせます」
ヴィーダは質問をぶつけた司教士官にはっきりと答える。
ヴィーダに守られながら、ソルは馬車にのせられ、運ばれていく。ソルという共和国の奇跡は、ヴィーダというもう一つの奇跡によって守られていく。
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