奇跡の司教が走る時

吉澤文彦

第1話 プロローグ

 これは巨大隕石が落ちた後の、科学の時代から何万年後の地球の伝説。

 かつて栄華を極めた科学の時代ははるか昔の伝説となり、その時代を記述する本などは現在では僅かにしか存在しない。それも科学の時代があったらしいという、実にあやふやな言い伝えがまとめられた本があるだけだ。

 現在、地球は科学の代わりに魔力というものが溢れ返る時代となっている。科学の時代は人々には人間同士の争いが多かった時代だったとだけ伝わっている。

 なぜ地球に魔力が溢れるようになったか? それは科学の時代が滅びるきっかけとなった、巨大隕石の地球への落下が原因である。

 隕石の落下で地球に大災厄が起きると、科学によって汚されていた地上は一気に塵と化し、その後数万年をかけて地上は浄化されることになる。

 ジーナクイス共和国の法王はいつもこう述べる。

「魔力は人間に至福と試練の両方をもたらした」

 それは何の例えでもなく、ただの事実である。

 隕石の落ちる前の地上は科学の時代の終焉で、地上は放射能や石油の残骸で汚れきっていた。過酷な地上で人間は、苦しみとともにかろうじて生きていたという。隕石落下直前の人類は、未来が見えない混沌の中を生きていた。

 法王が語る伝承にはこう続く。

「魔力は地上を浄化し、自然を再生させ、人間に神の加護を再びもたらせた」

 それもただの事実である。

 神の加護。それは人間の運命はその努力だけで全てが決まるという大いなる勘違いを正し、幸福は神の加護と共にある事を人間に教えた。魔力によって地上は浄化され、地球は再び自然の緑が溢れる世界となった。神の加護とは魔力の事だった。

 魔力の源は隕石が落ちた場所にある。そこは今、魔力の泉と呼ばれる泉になっている。魔力の泉からは今も強い魔力が発せられている。

 そして今、魔力は人間に魔法というものを与え、魔法によって人々は科学の時代のように豊かな生活をしている。魔力によって人類は復興する事ができた。魔法の火は生活に欠かせず、また魔法の水や風は人々のあらゆる仕事に役立っている。

「己を愛し、己の分身を愛し、己の人生を愛するために人生と魔法は存在する」

 法王の説諭で繰り返し出てくる台詞である。

 魔力は力であり、魔法はその使い道である。

 しかし光が射せば、影ができるのが必然である。魔力は人類だけでなく、特定の動物にも影響した。獣族ベルーラスという、熊が変異した魔法を操れる獣が、いつの頃からか人々の暮らす場所を襲ってくるようになった。

 今現在において決戦と呼ばれる、人類とベルーラスの集団との戦いが、もう千年以上も続いている。ベルーラスはなぜか、かつて人間が熊を虐げた遠い過去の記憶を持っていた。その遺伝子に刻まれた記憶と、人々が暮らす豊かな土地と魔力の泉を狙い、ベルーラスは現在の人類に戦いを挑んでくる。

 今、人類はジーナクイス共和国という集団を作り、ベルーラスに対抗している。現在の地球には大きな国が三つあるが、ベルーラスが襲うのは魔力の泉があるジーナクイス共和国だけだった。

 ジーナクイス共和国は人々を癒す司教魔法の使い手のトップである法王、火や水の力を操り魔法で対象を攻撃できる魔導魔法の使い手のトップである大魔導師、そして魔法は使えないが屈強な体と剣で戦いに挑む剣士のトップである大元帥の三人の統制者の合議で構成されている。

 この先の未来、ベルーラスの憎しみの猛攻を終わらせた最終決戦の際に、「奇跡の司教」と呼ばれた一人の青年の事を書き綴っておく。おおよそ彼が司教士官学校に入学する直前から物語を始めようと思う。

 ソル・ゴンザレス。抜群の司教魔法の使い手の彼の青春もまた、愛と憂鬱の連続だ。

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