二次審査 PM/奈美
休憩室を出て、さっきのホールに着く。
(この男性、さっきの面接の時にいた人だ。)
手前には何も置いていない。ちょうどホールの真ん中くらいから奥まで隠されていて見えない状態になってる。
「仁井田奈美さん、こちらに履き替えてください。」
奈美はスリッパから靴に履き替える。
「これから体力テストを行います。始めに体をほぐすために、一緒にラジオ体操をしましょう。」
男性が言い終わると、ラジオ体操の音楽が流れてきた。
筋トレやラジオ体操は、ランニング前によくやっている。奈美はいつも通りに体を動かす。
体操が終わり、次は持久走をする事になった。
「では、合図が鳴ったら線の外側を走ってください。3分間走ってもらいます。」
「…では、スタート!」
ペースを保ちながらリズムよく走る。休日は朝早くからランニングをして汗を流し、シャワーを浴びて朝食を取る。走ることは苦じゃなかった。
額から汗がツーっと流れ落ちる。静かなホールで奈美の呼吸が小さく聞こえていた。
ピー!
終了の合図がなる。
「お疲れ様でした。このタオルを使って下さい。」
顔や首の汗を拭き取る。
(ふーっ、やっぱり走るのって気持ちいい。)
「次はこちらで行います。付いてきて下さい。」
ホールの左側にあった扉を開けて少し進むと、塩素の匂いがしてきた。プールがある。
「今から50メートル泳いでもらいます。25メートルを2回でも良いですが、どちらにしますか?」
奈美は少し考え「25メートルを2回でお願いします。」と答えた。
(たぶん50メートル一気に泳げるけど、まだ先もありそうだから無理はしないでおく)
更衣室で水着に着替えて、帽子と水中メガネも置いてあったので装着した。
「いきなりだと大変だと思うので、5分ほど自由に泳いで良いですよ。」
そう言われ、平泳ぎやクロールをして体を慣らした。
「仁井田奈美さん、5分たったのでスタート地点に戻ってください。」
ゴール近くにいたので、軽く泳ぎながらスタート地点に戻る。
「では良いですね。よーい、スタート!」
足で蹴り、勢いをつけて前に進む。
水泳は学生の時以来やってないが、クロールで難なく泳いでいく。息継ぎに少し苦労したが、無事に端まで泳ぎきった。
「葉山怜さん、25メートル終わりました。5分後に残り25メートル開始します。」
(ふぅー、あと半分か。泳いだの久々だなぁ。)
プールサイドに座り休む。
『ご自由にお飲みください』
近くに水が置いてあったので、二口ほど飲んだ。
5分が経ち、2回目をスタートして泳ぎきった。
(良かったー。無事に泳いだぞ。)
更衣室で着替え、男性と共にホールに戻る。
ホールには平均台がずらっと設置されていた。
(次は、バランス感覚を見るんだね。)
「仁井田奈美さん、体調は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
「今から、この平均台の上を5往復して頂きます。急がなくて大丈夫なので、気をつけて歩いてくださいね。もし落ちても、そこからやり直して貰えば良いですので。」
「はい。分かりました。」
「では行きますよ。よーい、スタート!」
バランスを取りながら、平均台を歩く。
後半の方で少しバランスを崩したが、すぐに体制を戻し5往復をやり遂げた。
パチパチパチ…
男性が拍手をしている。
「仁井田奈美さん、体力テストお疲れ様でした。あと一つで試験終了です。向こうに目隠しされている所がありますね。そこに3分入って頂きます。3分後に合図が鳴ったら終了です。もし最初に入ってみて、自分には無理だなと思ったらすぐに出てきてくださいね。ただ…時間内に出てしまうとそこで失格になります。」
「分かりました。例えば、どんな事をするんですか?」
「それは、詳しくは話せないのですが…仁井田さん次第になります。私から言えることは、無理はしないように、ということだけです。」
(何か胸騒ぎがするな…でもここまで来て失格になりたくない。3分だし、そこを耐えればこれで終われるんだし頑張ろう。)
奈美は目隠しの前で立ち止まる。
目隠し中央には切り目が入っていて、そこから入っていくようだ。
「では、そろそろスタートしてよろしいですか?」
「はい。」
「はい、では、スタート!」
奈美は思い切ってバッと中に入る。
中は明かりもなくて薄暗く、はっきりと見えない。
少し離れた所から足音が聞こえてきた。
コツコツコツコツ
奈美にだんだんと近づいてくる。
(ん?誰か近づいてきたみたい…一体誰?)
暗闇に目が慣れ、奈美の目の前に現れたのは、あの細川さんだった。
「え?何でここに細川さんがいるんですか?」
「奈美ちゃん、久しぶりだねぇ。」
細川が満面の笑みで奈美にさらに近づく。
奈美はすかさず後ずさりをして、距離を取る。
「ちょっとぉ、逃げないでよ〜こっちにおいでよ。」
「嫌です。細川さん、近いです。少し離れて下さい!」
「相変わらず冷たいなぁ。奈美ちゃんと仲良くなりたいだけなのに。ほら、おいでよ。」
細川は、強引に奈美の腕を掴み自分に引き寄せ、バランスを崩した奈美は細川にもたれかかる。
『この世で一番苦手・嫌いなものは何ですか?』
面接後に渡された紙に書いてあった質問に、奈美はこう書いた。
『取引先の「細川さん」という人が苦手です。』
もたれかかる奈美をギュッと抱きしめ、頬にキスをする。おでこ、鼻、そして最後に唇にも。
力が強すぎて腕から抜ける事ができずに、されるがまま。
悔しくて気持ち悪くてツーッと涙が溢れ出る。
無理やり舌をグッと入れ、嫌がる奈美を押し倒す。
抵抗虚しくされるがままの奈美。
気が遠くなるほど長く感じた。
ヴーッ…ンっー…
目をつぶり必死に逃れようとしたが、細川は舌をいれたまま奈美のジャージの上のチャックをジーッと下ろし始める。
ンーっ…ンー
(誰か助けて!)
ブーーブーーブーー!
ブザー音が鳴り、パッと明るくなる。
体が一気に軽くなった。
覆いかぶさってた細川はいなくなっていた。
奈美は止まらない涙を手で拭い、立ち上がることができずにいた。
男性が近づいてきた。
「試験はこれで終わりです。…怖い思いさせてごめんなさい。あれは全てAIで造ったものですのでご安心下さい。」
(こんなひどい試験だと思わなかった。AIだとしてもこんな最低なこと!)
奈美は涙を拭いながら、
「こんな事あっていいんですか?度が過ぎます!」
「申し訳ありません。少し刺激が強すぎましたね…。」
「…ちょっと今ショックで動けないので、一人にしてもらえますか?」
「分かりました。」
(ほんと最低で最悪な最終試験。ありえないよ。)
さっきまでの恐怖が膨大な怒りに変わる。
少し時間が経ち、落ち着きを取り戻してきた奈美はようやく立ち上がり、目隠しの切り目から外に出る。
するとそこには面接官3人が横に並んで立っていた。
「この度は怖い思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。」
深々と頭を下げる。
奈美は深いため息をつく。
「すごくびっくりしましたよ。そしてショックでした。でも、もう良いです。頭を上げてください。」
「はい。…この流れですみませんが、早速あちらで試験結果をお話したいので、ついてきてもらえますか?」
「はい、分かりました。」
ホールの右側の扉を開け、中に入る。
テーブル、椅子が置いてあった。
「こちらへ掛けてください。これから試験結果をお話します。」
奈美の落ち着いた心がどよめく。
「仁井田奈美さん、おめでとうございます。見事二次試験突破しましたよ。」
「…ありがとうございます。」
「これから、色々と説明させていただきますね。」
「はい、お願いします。」
男性は机に置いてあった資料を奈美に渡す。
「この資料は、この場で読んで頂きます。しっかりと覚えてください。覚えるまで我々は待ってますので。」
資料には、交換擬似体験についての留意事項が書かれている。
・交換擬似体験をしている最中でも、これまでの自分の記憶は残っている。
・交換する相手の生活習慣や仕事の基礎情報は脳内記憶に残されているので、交換しても支障はない。
・交換後に自分の姿を見かけても接触しないこと。
・交換擬似体験をしている最中や終了後も例え家族であっても他言してならない。
・4月30日の午前0時に薬の効果が切れて元の自分に戻るため、必ずその時までに交換相手のベッドの上で横になり目をつぶっていること。
・上記以外の行動制限は設けないが、常識にそった行動をすること
(自分の記憶が残ったままなら安心だな。期限は絶対に守らないと。)
何度か留意事項を読み返して資料を机に置く。
「すべて覚えました。」
男性、女性、男性の3人はニコッと微笑む。
そして小さい木箱に入った鍵が目の前に置かれた。
「これは、休憩室にある机の引き出しの鍵です。引き出しには、交換相手の基本情報が書かれた冊子が入ってます。それを読んでおいてください。その冊子は持ち帰っても結構ですが、他の誰にも見られないように気をつけて下さいね。それと、15時になったら、相手から電話が掛かってきます。お互いに自己紹介をして、自分が相手にこれだけはやめてほしい事を一つ伝えて電話を切って下さい。」
「はい。」
「15 時半になったら部屋に迎えに行きます。朝と同じように、車で家の近くまでお送りします。」
「はい。分かりました。」
しばらく沈黙が続く。
「ここまで説明を聞いて、やっぱり疑似体験を辞めたい、という気持ちになりましたか?」
「…いいえ、擬似体験したいです。」
「承知しました。…では、この薬をすべて飲み切って下さい。」
男性はポケットから小さな瓶を取り出す。
「効果が現れるのは、今日の夜中3時です。仁井田さんが眠ってる間に、相手に成り代わります。そして朝方、相手のベッドの上で目覚めることになります。さっきの資料にあった通り、効果は4月30日の午前0時で切れます。日付を間違えることの無いようお気を付けください。」
「はい。分かりました。あの、薬の副作用は無いですか?」
「副作用はありません。ご安心を。」
男性はニコリと笑い、瓶を奈美に渡す。
奈美は3センチほどの瓶に入ったオレンジ色の薬を一気に飲み干した。
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