半信半疑

△□

あなたは、一度でも他の人の人生を送ってみたいと思ったことはありますか。


もしも体験することができるなら、あなたは体験しますか。


そんな事できる訳がないと考える方がほとんどだと思います。

普通に考えればありえない話です。


いまの世の中の技術は大変素晴らしい。

数年前までは不可能だったことが、様々可能になり、この世界はこれからも進歩を遂げるでしょう。


技術が発達したおかげもあって、我が社では研究に研究を重ね、ある薬を造ることに成功しました。


それは


【交換擬似体験ができる薬】


どこを探しても手に入らない、

世界で初めての大変貴重な薬です。


△□




今朝のニュースは、この薬の話で持ちきりだった。

テレビでは何度も流れ、新聞も大きく一面を飾っている。



あの有名な製薬会社【ホワイト化学製薬】が、昨夜8時に突然発表をした。


人生を交換できる薬なんて、小説やドラマの話に出て来ることはあるけど、そんなこと現実でありえるのか。


いくら技術が発達してきたとはいえ、そんな魔法みたいな薬ありえない。



「ねぇ怜、ニュース見た?何だか、交換擬似体験の薬が出来たって騒いでるよ。どうやって交換するんだろうねー。想像つかないわ。お母さん、一回あの女優になってみたいわ。ほら、最近の月9に出てるあの女優よ〜」


「あはは、それいいね〜。見た見た。ドラマみたいな話だよね。うちらみたいな一般人はきっと縁のない話だよー。バカ高い金額だよきっと。」


『葉山 怜』は自分には関係ない話、と

テレビを消して仕事に行く準備をする。






通勤電車の中では学生、サラリーマン、OLも、みんな薬の話をしている。


「おい、ニュース見た?擬似体験できるっていうやつ!オレ、巨乳の女になってエッチしてみてぇー」


「おまえ大きい声で言うなって!聞こえるだろ。まぁオレもなってみたいけどさ。」


「だろー想像するだけで興奮してくるわ。」


(まぁ、男子が考えることはこんなもんだよな。)


ニュースを見る限り、薬が出来たとしか発表されてないし、一般人は使えるんだろうか。


どうせ庶民には手が届かない薬なんだろう。騒いだってこっちには関係ないことだ。


もし体験できたとしても、副作用や反動がすごいかもしれないし、元に戻れなかったら最悪じゃん。

やっぱり私には金輪際関係ない話。






会社に着くと、案の定社内はざわついていた。

みんな交換擬似体験の薬の話で盛り上がってる。


(きっとしばらくこの話で騒がしいな。まぁいいけどね。)


怜はこの『中央ナカタ出版』に派遣社員として働いている。契約更新を繰り返し、ここに勤めて4年が過ぎた。


主に、来客・電話対応、資料作り、データ入力、コピー取り、お茶出しの雑用中心だ。


休みは取りやすいけど、ボーナスも出ないし、時給制で出勤した分だけしか貰えない。


大学新卒の就職が決まらず、卒業後に派遣会社に登録。ここの派遣社員になった。


実家暮らしだから何とか過ごせているが、本当は一人暮らししたいと思っている。


(派遣社員だし中々お金貯まらないな。コツコツ引っ越し費用ためていくしかないな。それか、早く高収入の彼氏見つけて結婚退職するのもいいなぁ。)


出会いもほとんどない。

良いなーと思う人はすでに結婚してるか彼女持ち。合コンなんかも年に数回だけ。


(あー彼氏欲しいよー)



「怜、おはよう!」


振り返ると、同僚の『本田 サキ』がいた。


「おはよー」



サキは怜のニ歳年上で、怜がここに来たときにはすでに派遣社員として働いていた。

サキも怜と同じように、派遣の契約更新を繰り返している。


同じ派遣社員で年も近いので、すぐに仲良くなった。

よく二人は一緒にランチに行ったり、月に一度ほど休日に遊びに行ったりもする。


不況ということもあるが、この会社では派遣社員から社員になったという例が無い。

このまま契約更新して派遣社員として年を重ねていくのか、怜は20代後半を過ぎた頃から悩み始めていた。


サキには大学時代から付き合ってる彼氏がいる。

何回かサキの彼氏つながりで、男性を紹介してもらったがうまくいかなかった。


うまくいったとしても友達止まりで終わる。

中々うまく行かないから、最近では紹介してもらう事もパッタリなくなってしまった。


昔からの男友達もいないし、どちらかというと怜は地味な見た目でおとなしい性格。


怜は高校以来、彼氏がいない。気づいたら20代後半。いつかは結婚したいと思っていたけど、出会いもなくて彼氏すらできない。

ハリのない毎日に慣れすぎてしまった。


そんな時に【交換擬似体験】のニュースを見て、一瞬想像をしてみたけど、またすぐ自分の現実に引き戻された。

妄想さえも虚しくなる…そんな気持ちだった。



あと30分ほどでお昼時間になりそうな時、携帯にニュース速報が入る。



【ホワイト化学製薬、交換擬似体験の希望者募る】



(えっ、希望者が薬を試せるってこと?)


怜は急いでニュースの詳細を見る。


△□

この度、交換擬似体験の新薬を希望する方を募集します。


 ー応募条件は以下の通りー

 ・日本在住で25歳以上の独身の方

 (結婚歴があり子供のいる方は除く)

 ・守秘義務を守れる方

 ・心身ともに健康な方


 住所、電話番号、氏名、年齢、

 応募動機、希望の人物像を記入し、

 全身写真を同封の上、御社まで郵送下さい。

 3月31日消印有効です。


  ー郵送先ー

  ホワイト化学製薬 交換擬似体験係宛

  住所 〒……

△□



思わず声が出そうになったのをどうにか堪えた。

一般人にチャンスがあるなんて思っても見なかった。怜は、心臓が高鳴っている自分を落ち着かせようとした。


全ての条件に当てはまる。本音は、自分とは違うキラキラした人生を経験してみたい。

これは、チャンスだよきっと。


怜は一気に使命感に駆られる。

応募動機をコピー用紙にツラツラと書き殴る。

締切まであと2週間。


一日でも早く応募するつもりで、早速、仕事帰りに封筒セットと切手を購入し家路を急いだ。


興奮冷めやらないまま、一気に夕飯をかきこむ。

いつもと様子が違う娘を見て、母は怜に声をかけるが上の空だ。


部屋へ急ぎ引き出しからメモ帳を取り出し、応募動機等を下書きして最終チェックをする。



ー応募動機ー

私はこれまで地味な人生を送ってきました。

見た目も普通で目立たなく、彼氏も17歳の時以降できません。知り合った男性とも友達止まりです。


現在、派遣社員として働いて4年が過ぎました。

30歳に近づいていくにつれ、このまま変わり映えもなく歳を取っていくのかと思うと、虚無感に襲われます。


それを脱したく、勇気を出して応募しました。

ぜひ私にチャンスをください。

キラキラした人生を体験させてください。


ー希望の人物像ー

20代前半で容姿端麗の自立している女性を希望します。



紙に記した内容を何度も確認し、封を閉じ切手を貼る。しっかりとバッグにしまい、一息ついた。

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