三題噺「上司」「課金」「炎天下」(NOVEL DAYS)
未来への課金
ガチャなら……0.00001%ってところか。
なにがって? 乗っていたセスナが砂漠の真ん中に墜落するなんてイベントが人生において起こりうる確率をどの程度に設定すればユーザーは納得するのかって話さ。
運はよかったのかもしれない。プロペラじゃなくジェット機なら死んでいた。天日干しされたふかふかの砂丘に乗り上げ、心臓発作を起こしたパイロット以外の乗客は全員無事。けれど俺は動けない。右肩と左足の股関節をやられてしまっている。
灼熱が降り注ぐ。東京の炎天下など、これと比べればまるで子供のおもちゃだ。
アラブ系らしき老人が必死に砂上を引きずり、俺を岩陰まで運んでくれた。
白人の女性が水を飲むよう促してくる。
やれやれだ。セスナに積んでいた水で暫くは大丈夫そうだが食い物はない。助けが来なければ程なく死ぬだろう。砂嵐があれば探そうにも飛行機の痕跡さえなくなる。どうしてこうなった? 本来なら空調の整った硝子張りのオフィスで、蟻の行軍みたいな高級車の渋滞を見下ろして、冷えたシャンパンを飲んでいたはずなのに……
時間は? あらら、アメリカ本社の上司から電話がくる頃だ。いつも通り『ノ~プロブレム』下手な発音で返せば、安心してニューヨークの高級レストランでディナーを満喫できただろうに……悪いことをした。
なぜこうなった? 日陰にいても息が苦しい。前の空間は油が流れたように滲む。老人は
なにが悪かった? ガリ勉と馬鹿にされても必死に勉強した。大学に入り遊び回ることなくあらゆる事を学んだ。プログラミング以外にも心理学や脳科学を徹底的に。起業するリスクは犯さず、大金を稼げる今の会社を選んだ。人生のゲームバランスは完璧にとれていた……痛い。痛い。痛い。
女性が俺に注射を打つ。どうやら医療関係者のようだ。モルヒネでないことを祈りたい。
痛みが消え笑みが
どうやら相当な金持ちのようで、
やがて力こぶを見せ、俺に自慢してくる。その
老人は向きを変え、幼子にもアピールしている。幼子が笑う。
それをきっかけに父親がしきりに俺に謝ってくる。先ほどなにもしなかったことに気が咎めているらしい。小さな子供を抱えているなら他人を構っている余裕はない。当然のことだ。
言語を伴わない自己紹介は続き、女性はやはり医療関係者だった。どこかの紛争地域で活動しているらしい。家族連れは自国を捨て、住み込みで働くそうだ。けれど結局、羊か山羊かの判別はつかなかった。
幼子がタイピングの
俺の仕事はユーザーから円滑に課金してもらう、ただそれだけ。
そのために専門以外の心理学や脳科学も徹底的に学んだ。
コツは無課金ユーザーを大切にすること……なぜ?
彼らは無駄にサーバーに負担をかけるゴミではある。金を払いたくても払えない貧乏人さ。
だけど彼らには、AIにはない心がある。
彼らが負けるとき『必死さが伝わってくる』それは振動となって勝利すべき課金ユーザーに波のように伝わり、脳内に快楽物質を生む。大切なのは、人間同士をぶつけ合うことだ。
薄っぺらなシナリオで人は興奮しない。余りに巨額なゲーム制作費はリスクが大きすぎる。
生身の人間を倒す快感があるからこそ、特定のニューザーは課金し金を落とす。
ゲームをゲームとして終わらせない。それが秘訣だ。なので貧乏人も大切にする。
日が陰りだした。降るような星空。
老人が指さして星々を結び、幼子になにか伝えている。
女性が母親の背中を抱いている。
父親がなけなしのタバコを勧めてくる。
やがて猛烈な寒さが襲ってきた。
動けない俺を中心に皆が身を寄せる。
なるほど、周囲に幕を張ったのは、これを予見してのことだったのか……
なにがどうなった? 信用の置ける飛行機会社だった。
砂漠の神に祟られる覚えはない。会社にも社会にも貢献している。
なのにどうして死のフレグランスを嗅ぐ羽目になったのだろう。
幼子が泣き出した。
老人は幼子に当たる冷たい風をさえぎり目を瞑る。
俺は
パッケージの中でドロドロに溶けたそれは砂漠の夜の恐ろしい寒さの中で、元の状態に冷えて固まっている。俺はそれを差し出した。
明くる朝、救いは訪れる。
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