第2話

 らう! 喰らい尽くすっ! 5分以内に決める!


「お客さん……すごいっすね」

「話しかけるなっ! 時間インチ-キ(もぐもぐ)しようたって(もぐもぐ)そうは(ごきゅり)いくかぁぁ! さぁ~完食したぞっ! タイームは!?」

「5分ジャストっ! ですが……6㎏ステーキ完食のタイムリミットは30分なのでそこ気にする必要あります?」

「ごめん、個人的なこだわり。さぁ~賞金を貰おうか」

「へ? 食べ切ったお客様は無料にはなりますけど、賞金はありませんよ?」

「なぬっ!?」

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「ありがとうございました~」

 店員に見送られドーアを開けたら、そこはいつもの渋谷の雑踏ざっとう。太陽が眩しい。


「はぁ~ルールー確かめるべきだった。腹は膨れたけどお金はない。今夜も野宿か、とほほっ」

 行き交う人は誰もスクーール水着にヒョーウ柄コーートのあたしの呟きなど気にも留めない。今、諸葛孔明しょかつこうめいが追い越した。手前からは猫型ローボットがトコトーコと歩いてくる。ここはそんな……コースプレーの街。


「はぁ~」

 また溜息をつく。なぜこんな苦境に陥った? 理由があるならあたしが知りたい。

 仕事はフーードファイターー……だった。いや、今だってそうなのだけれど。ここでは、賞金付きの大会が毎日あるわけじゃない。年間5億稼いでいた業界の風雲児はもういない。街に慣れたって、この世界では所詮、あたしは異世界人なのだ。

 

 ある日、あたしは有名トンコーツの店にプライベーートで立ち寄った。

 トンコーツの旨い店の床はヌルヌ~ルなのは、私のいた世界では常識。

 なのに……あたしはその日、浮かれていたのだ。油断してたんだ。

 店に入った瞬間ステーーン。マートリックスポーーズで踏ん張った……のに。


 だけど異世界転移なんてトーラックに跳ねられたり、バンパイーヤに襲われたり、ツカイーマと契約して初めて成立するもんじゃないの?

 あたしはたしかに転んだ。しかしこの世界に飛ばされたのはヌルヌ~ルの固い床に後頭部を打ち付ける直前だった。にも拘わらずなぜ? ……あれから早5年。

 

 行く当てはない。だけどひとり昼の渋谷で立つのは好きじゃない。R&Bリーズムアンドブルーースのチャカカーーンを気どってみても涙がでちゃう……だって女の子だもん。

 


 あたしは雑踏をさけ、枝道えだみちに入った。

 ふらふら歩いていると小さな公園に行き当たる。


 キィーーコ キィーーコ 今夜はこの公園に泊まろう。


 ブランーコを揺らすと、心も揺れた。あたしは元の世界に帰れるの?


 このまま無料の大食いホーイホーイでお腹を満たし生き延びるしかないの?


 そんな風に落ち込んでたら、どこからともなく歌声が聞こえてきた。




 


 『5分で解決探偵のテーマ』      

                  作詞:プリンぽん

                  作曲:スコットランド民謡(著作権失効)



 季節が変わる前に 日付が変わる前に 君の心が揺れない内に


 5分で Go 5分で Go 5分で解決する Zゼッート 


 密室殺人 旦那の浮気 街のどこかに隠されたRubyルビーー


 5分で Go 5分で Go 5分で解決する Zゼッート 




「ぶっ!? あなた誰?」

「どうも初めまして。私はあなたを救いに来た探偵です」

「探偵?」

「そう。誰かト……災難に巻き込まれたら5分で解決するのだけが取り柄のしがない探偵です」

「いや……あたしがこの世界に飛ばされて、もう5年経過してますけど?」

「それは仕方ない。異世界同士の時の流れる早さが違う。向こうの1分でこちらでは一年が経過している。つまりこの世界に来るミッショ……目的を達成する為に5分をようしたのです」

「え? じゃあ、あなたも異世界人!?」

「はい」

「あたし……元の世界に戻れるの?」

「その為に私は来た。ですが、その前に質問しても?」

「もちろん」

「お名前は?」

「マリリーン」

「鉄分多め?」

「う~ん。そうね、大盛りましまし」

「鋼鉄で覆われた人造人間?」

「誰が猫型ローボットやね~ん。生身ですっ!」

「うむ。お嬢さんは間違いなく異世界人。私はお嬢さんがこの世界に飛ばされた深い理由も知っています。じつは床に頭を打ち付ける前に不思議な力が……」

「不思議な力? それって……」

「深掘りはやめた方がいい。知らば、誰かを殴りたくなる。二つの世界の神のような存在が犯してしまった過ちとだけ言っておきましょう。私の推理では、その神は都会住みの二十歳のOL。仕事にも慣れて、小説でも書いてみようと考えたのでしょう」

「意味不明だけど……田舎住みのおじさんじゃない? 渋谷に変なイメーージ持ってるし、誰も知らないパーロディーを無理にねじ込んで地の文がおかしくなってるわ。チャカカーーンってなに?」

「こほっ、見解は人それぞれ。あともう一つだけ」

「はいっ!」

「題名の……いや、あなたは自分のことを別の呼び名で?」

「異名のこと? そうね、レーバーガーールと名乗っていたし呼ばれてもいたわ」

「どうして?」

「初めての大会で、それレーバーニーラの大食いだったんだけど、レーバーニーラは食べ過ぎると気持ち悪くなるの。他の参加者はご飯を追加したりレーモン入りの水をがぶ飲みしたりしてたんだけど、あたしはそんなこと知らなくて、あり得ないほどのリーバースを……」

「おっとそこまで! 辛い過去だ。なのにどうして?」

「そのとき観客の一人が庇ってくれたの。『おまえら笑うな! この子ほど正面からレーバーと向き合った奴いるか?』ってね。笑っていた選手や観客も黙っちゃった。それからは教訓と誇りを胸に自分からそう名乗ることにしたの。そしていつのまにかファーンからもそう呼ばれるようになったわ」

「素敵なお話ですね」

「ありがと。で、通り名のレーバーが好物になって鉄分多め……そんなことより!」

「無論。ですが、それには北海道で開かれる大食い大会に優勝せねばなりません」

「なして!?」

「私への報酬を支払う必要がありますから」

「えーっ! シービア。お金は仕方ないけど……本当に帰れるの?」

「まだ方法は見つかってはいませんが、大丈夫。この本文を下書きしている段階では締め切りまで50日あります。それだけあればきっと名案が浮かぶことでしょう」



5分でお漏らし傍聴人:いやそこ5分と違うんかぁ~いっ!


5分で立ち上がった赤ちゃん:ばぶーーー-ーーーーーっ!



「おっと、時空が不安定になっている。急ぎましょう」



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