あの日の青春

羽弦トリス

第1話ヒロキからのLINE

広い駐車場に何百台もの中古の自動車がキレイに並んで停められている。

ゴールデンウィーク前の最後の出勤日に、手際よく自動車を清掃しキズを調べている男の名は西正樹だ。

正樹はゴールデンウィークは子供の日以外予定を入れていない。

こんな、肉体労働だ。休みくらい、寝かせてもらいたい。

正樹は新人の田山に、

「休憩しよう。10時だ、はいっ小銭」

田山は汗だくで、自販機にアイスコーヒーを買いに行った。


ピコーン


スマホから通知音が聴こえた。正樹はスマホの画面を操作すると、ヒロキからのLINEだった。

『今夜、飲まないか?』

ヒロキとは、正樹と高校が一緒で弓道部の犬飼宏樹の事だ。彼は、学習塾で世界史を教えている。

「西さん、どうぞ」

「ありがとう」

田山はタオルで汗を拭きながら、アイスコーヒーを飲んでいる。

正樹は、

『りょ』

と、返信した。


「田山、あと100台くらいだな」

「はいっ」

「ま、これからはボチボチ仕事すりゃ、定時には帰れるぞ」

「西さん、お子さんいますよね?」

「あ、あぁ、いるよ。どうした?」

「この辺りの子供の遊び場ってどこですか?」

「うちは、弁当持って動物園だよ」

田山は神妙な面持ちで、

「西さん、できちゃいました!」

「えっ、なに?子供?」

田山は去年の秋に結婚していた。

彼は嬉しそうに頷いた。

「田山、おめでと。今夜は飲みに……いっけね、先約が入っていたんだ。今度、おごるよ!」

「ありがとうございます」

2人は短い10時の茶を飲んで、昼休みを挟んだが、定時の1時間前には作業は終わった。


「田山、着替えたらオレの後を付いて来いっ!」

「はい」

正樹と田山は、肉体労働で得た筋肉質な身体になっている。

通勤服に着替えた2人は、事務所がある正面の階段を使わず、裏の非常階段から会社から脱出した。田山はドキドキしたが、西に続いて階段を下った。

「じゃ、田山、また連休明けな。じゃあな」

「西さん、お疲れ様でした!」

正樹はヒロキの待つ居酒屋へ向かった。

この時までは、正樹もヒロキも後に起こる事件の事をまだ知る由もなかった!

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